神々の黄昏/フェミニズム・リング
コペハンリングレポ、記憶の新しい順ということで、神々の黄昏からレポします。写真は最後のシーン、物語の間中妊婦だったブリュンヒルデがワルハラを焼き尽くした後ジークフリートとの赤ん坊を出産して終わるというこの演出のハイライトです。このシーンはパッケージ写真にもなっているのでネタバレしてOKでしょう*1。その他の写真はこちらで見れます。
http://www.old.kglteater.dk/ringen/uk/om_ringen_ragnarok_fotos.html
この妊婦設定のおかげでジークフリートの旅立ちのシーンはかなり微笑ましいし、ブリュンヒルデによる裏切りの告発シーンなんて、声をあげて笑えるものになっています。だって「あの男は私と関係したのよ」と告発する瞬間にコートを脱いで腹ぼて姿を見せるんですよ。話捻じ曲がってますけど(笑)。グンター達も大概にぶくね?だって忘れ薬飲ませたのあなた方でしょう。でもそんなことはどうでもよいのです。新年早々腹を抱えて笑えたので。
さてこの設定についてですが、ブリュンヒルデとジークフリートの関係、さらにその親たるジークムントとジークリンデの関係、そしてそのルーツはヴォータンにあることを考えていくと、この物語の結末に、ジークフリートとブリュンヒルデの子を登場させることは、全くもって正しい・・・・正しいというのはちょっと違うか、的を射ていると言うべきか。悲劇たる神々の黄昏のラストに希望を添えるために新しい生命の誕生を持ってきたというだけではない、もっとこの物語の本質をついた解釈だと思う。このラストは、こういうことなんだと思う。ラストで神々の世界は崩壊し、神々は人間になる。ジークフリートとブリュンヒルデの子及びその子孫として、焼け落ちた後に出現した新しい世界で生き続ける。ヴォータンが見つけられなかった答えを、ブリュンヒルデ達はもう見つけていたのです―――。
このコペンハーゲン・リングは通称フェミニズム・リングと言われていて、パッケージも♀マークがアレンジされたものとなっています。フェミニズムにも広狭いろいろありますが、♀マークなんて付けられてしまうとどうも狭い方のフェミニズム、女性キャラクターにもっと活躍の場を与えようとか重要な役目を与えようとか主役にしてみましたとか、そういう風に受け取られてしまいそうで、若干勿体無い気がします。その手のいずれかの性に拘泥した立場ではない、両性が揃って可能な生命の営みを主題とした「生命のフェミニズム」だと思います。
なお、この考察は、wikipedia:ジークフリート_(楽劇)におけるジークフリートとブリュンヒルデの関係とオイディプスとイオカステの関係の類似性を指摘する記述に鼓舞されたものであることを併せて記しておきます。
Conductor: Michael Schonwandt Set and costume designers: Marie i Dali and Steffen Aarfing Lighting designer: Jesper Kongshaug Dramaturgy: Henrik Engelbrecht Siegfried: Stig Andersen Gunter: Guido Paevatalu Hagen: Peter Klaveness Alberich: Sten Byriel Br?nhilde: Irene Theorin Gutrune: Ylva Kihlberg Waltraute: Anette Bod First Norn: Susanne Resmark Second Norn: Hanne Fischer Third Norn: Anne Margrethe Dahl Woglinde: Djina Mai-Mai Wellgunde: Elisabeth Meyer-Topsoe Flosshilde: Ulla Kudsk Jensen The Chorus of the Royal Danish Opera The Royal Danish Orchestra |