耳に理想、目に倒錯/放蕩者の成り行き

積聴DVDの消化レポートです。本日はこの一枚。

Stravinsky - The Rake's Progress
グレッグ・フェデリー(T:トム)
バーバラ・ヘンドリックス(S:アン)
ホーカン・ハーゲゴート(Br:ニック)
ブライアン・アサワ(C-T:ババ)、他
スウェーデン放送交響楽団&合唱団
エサ=ペッカ・サロネン(指揮)
監督:インゲル・オービイ

日本語字幕有*1

いやー。これ、なんて言ったらいいのかなあ。すごいものを観てしまった。

そもそもなんでこれを積聴してたのかというと、去年DKTですだれクリステンセンのトムで同作品をやってたときに興味を持ってRake's Progressの録音を入手しようと思い立って、サロネン指揮だったのと、スェーデンだし北欧は相性がいいかもしれないからトライしてみようと思って購入だけして、観るきっかけ待ちだった一枚です。

そういうわけでオケ目当てというのもあったので、そっちを先に書きましょう。オケはね、悪くはないです。ただ、あの賑々しくも可愛らしいDKTサウンドが念頭にあったので、大人しすぎるというか物足りないというか、そんな印象になりました。ま、映画だしスタジオ録音だし、ついでにサロネンだし、クールなのは必然なのかなあ。この作品に限った話ではなく、これまで意識して北欧の音楽を聴いてきましたが、同じ北欧でもフィンランドは相性がいいけどスェーデンは違うのかなという感触です。

ここで賑々しくも可愛らしいDKTサウンドへのリンクを貼りましょう。あーあ、DVDの紹介記事なのに、違うもん紹介してるし。

http://video.kglteater.dk/video/554735/lastens-vej
http://video.kglteater.dk/photo/559160

ああっ!やっぱ全然違う!オケが主導するストラヴィンスキーらしく賑々しいとこはもちろん違うし、伴奏主体のとこも全然味が違うー。ああ!DKTのストラヴィンスキーは本当にいいなあ。この間のDet Konglige Kapelのストラヴィンスキーのプログラム聞き逃したのが本当に残念でなりません。このプログラムが発表されて以来ずっと楽しみにしてきたというのに。どなたかエアチェックされてたら、是非シェアしてください。お願いします!

Det Kgl. Kapel's Chamber Orchestra
15. March 2011 19:30
Carl Nielsen: Pan & Syinx and Clarinet Concerto. Stravinsky: Pulcinella, complete ballet music. John Kruse, clarinet. Conductor: Michael Schonwandt. (Concert Hall on March 13).

ま、こういう悩みが出てきたら元気出てきた証拠ですよね。一番危険な期間をなんとか越したので、すこし元気が戻ってきています。さて本題に戻りましょう。

この作品、舞台の映像化ではなく野外ロケを含む映画なんですね。それで感想としては、よくこんなもん作ったもんだという。マイナーだし、作品自体がすっきりしないというか、あんま娯楽として成立するような作品じゃないです。年10本以上公演を打てばその中に入ってくるかなという感じですが、これで映画を企画するって、チャレンジャーだなあ。演出も凡庸で、作品自体の欠点をそのまま、もしくは強調して見せてしまう作りとなっています。

歌手のみなさんは全員俳優で通りそうな感じです。歌唱は、ニック・シャドウが弱いかな*2。他の面子も、全体に水準以上なんだけど、特別さはないかな。かなりうまくやってる人もいるんだけど、それが作品として生きるかというと辛いところもあり・・・・すいません、贅沢を言っていいですか。この作品でトムはユーモアがないと見ていられないと思うんだけどなあ。これは歌手ではなく企画や演出の責任なのかもしれないけど。全体に、私が(ストラヴィンスキーのオペラに)期待するものからするとクソ真面目な演出・演奏です。


とここまで書くとまるでつまらないみたいですが、だったら普段のこのブログの習慣ではレビュー書かずに放置されるところですが、見るべきところが一点ありまして。それはブライアン・アサワ(カウンターテナー)のババです。ババというのはヒゲの生えたトルコ女*3でトムと結婚するわけですが、メゾソプラノが歌う役を日系カウンターテナーが女装してやってます。これがものすごくて、ただひたすらブライアン・アサワのババをやりたいがためにこの映画企画したに違いたい、と私は決め付けてしまいたいくらいです*4。ブライアン・アサワのババを見て聴くために、このDVDは観る価値があります。

元々のオペラのストーリーとして、このババのエピソードが出たあたりからシリアスで通すには無理がある展開になるわけですが、なんせアサワのババが強烈過ぎるので、そんなものは全てどうでもよくなってしまいます。地ヒゲの生えたお顔に肩を露にした衣装で、登場当初は顔の下半分をビーズ細工のアクセサリーで隠した(うっすらとしか見えない)状態で登場し、トムと結婚した以降はおヒゲ全開になるわけですが、いやー、これ、強烈です。女装としては決してレベルが低いわけでなく、いやむしろかなりうまくやっているので余計キモチワルいというか、そういう方向性の違和感が素晴らしいです。オペラの中でもババはその姿だけで屈強な男達をも平伏させたという強烈な個性の主として描かれているわけですが、これ以上の説得力がありましょうか。

そして声がなんともすごくて、本物の女性より柔らかくて、聞いてると思わず控えめで賢明なアジア女性を思い浮かべてしまいそうなものがあります。これと画面のギャップがものすごい倒錯です。ババのロール自体はヒステリックに泣き喚くシーンと非常にクレバーな側面を見せるシーンと両方あるのですが、そして前者のシーンは男性の腕力でものを投げつけたりするので実に迫力満点で見所ではあるのですが、それでも歌声の印象でいうと後者の印象が残るのです。

私はこれ聴いててなんとも不思議な気分になって、というのは、ある意味理想の女性像なのですね。オペラの世界には(欧米人の思い描く)典型的な献身的なアジア女性キャラってあるかと思いますが、それよりもアサワのババの方がよっぽど理想的なんです。「女は怖い」と思っているような未成熟なタイプの人間にとっては特にそう感じる面があるかと思います。いや、そう感じるメカニズムは逆で、喉が強靭で、全く無理を感じさせないから、あぶなっかしいところがないから、ゆえに(たとえ画面では派手にものを投げつけながら怒っていようとも)平静さを連想するからなんです。そこが作られた女性的というか、本物よりも本物らしい「理想像」な印象につながる面があります。よく考えると、ババの選択というのは、献身的なアジア女性キャラ達の選択とは違っていて、かなり合理的というか、この物語の外で第3者視点で見ている観客にとって妥当な選択をするのですね。

とにかくアサワのババは聴く値打ちがあると思います。鬼才で異才です。耳に理想、目に倒錯という「心はバラバラ、頭はぐるんぐるん」な体験が出来ます。例のごとく客を選ぶ一本かもしれませんが、「心はバラバラ、頭はぐるんぐるん」な楽しみ方が出来る方には激しくお薦めします。

追伸 エイプリルフールネタじゃないよ。

*1:輸入盤DVDに日本語字幕が入っています。安心してお買い求めください。

*2:この役に対して弱いということですよ。

*3:これまた抗議が来そうな設定だな。

*4:ただ、それならもっと突き抜けたユーモアに走りそうなもので、そして、そうするのがこの作品的には正しいのではないかとも思うのですが、やっぱりクソ真面目なので、違うのかもしれません。