年配の人の共産嫌いの理由を誰か教えて

上の件のリンクを探していて、見事に共産系しか出てこないので、私も社会常識として特定の政党からの情報しか提示しないのはまずいと知っているので、なるべくそうでないところからの情報を集めようとしたのだが、結局、発信自体が、そういうところしかしていないわけで*1、いかんともしがたいのである*2。こういう運動なんかやってる人でも共産系というだけで毛嫌いしている人は結構いて、京都の選挙は「共産 vs 非共産」という構図なので、非共産系の候補が一人しかいない今回の選挙ではアンチ共産票が集まって現職が再選してしまうことを私はおそれているのだが、なんせ現職になってから、間違ったリーダーシップのせいで市役所が疲弊していて使い物にならないったらなく*3、あれがもう1期続くと困るのである。私が困るのは置いといて、元の話題に戻って、なんで「でも共産党だから」の一言で批判が成立するのか知りたいのである。特に50代後半以降の人にとって。

想像するに、旧社会主義国の終焉で失望したとか、失敗だと位置付けているとか、赤軍派の事件以降はどうしても抵抗があるとか、そんなところかと思うが、なんせリアルタイムで知らず、もの心ついたときにはそうなっていたという位置付けの話であるので、生の細かいニュアンスを知りたいと思うのである。断片的な話でいいので誰か教えてください。

この日記は、タイトルが右っぽいので、左っぽい話題を扱うには良かったかもしんない。

*1:一般紙は報じてもすぐに参照出来なくなってしまうという事情もある。

*2:それにしても、タウンミーティング不正抽選事件は、感想を記した個人ブログすら引っ掛からないので、よほど知られていないのだなあ。

*3:内部情報によると、現代の常識である合議やボトムアップのやり方が許せないらしく、必ずそれと違うことをやろうとするので、そうすると必然的に、通常のステップで作り上げた「誰が聞いても妥当な結論」と違う突飛なことをやる羽目になり、しかも普通の首長ならいくつかの肝入り案件はゴリ押ししても、それ以外は現場の好きにさせるのでそれほどストレスは溜まらないところを、なんでもかんでもゴリ押しで違うことをさせるので、役所のストレスが半端無いので、困った状況なんである。