さまよえるオランダ人@新国立劇場2012

開幕前に京都会館の検討委員会の縁で新国のバックヤードを見学させてもらいました。意外とすっきり片付いているなーというのが第一印象です。私の最近の興味から、劇場としてのハード面とこの施設が出来たときに舞台方が関わったことが何処にどう活かされているか、演出を作るということはどんなスケジュールで何を行うのかなどを聴きながらバックヤードを回りました。普段レクチャーや宣伝などで前に出る機会の多い演出と違って、こちらは工業で職人の世界です。その日使うセットを一通り裏から観て、さて開幕を待ちます。


私は新国では外れクジばかり引いているらしいです、特にオケが。残念ながらこの日もジンクスは破れませんでした。なんでかな。ワーグナー聴きに行くから悪いのか。この日は、セクション間のバランスが悪くて気になりました。管がうるさい。強弱・緩急付けて欲しい箇所も肩透かしな感じ。オペラのオケで満足じゃないもののそれなりに聴ける(幕が進むうちに気にならなくなる)日と、どうしても癇に障る日がありますが、この日は後者でした。

演出・セットはごくオーソドックスなもの。直前にレクチャーしてもらったので、どこがどう動いて舞台転換しているのか手に取るように分かります。照明が、いかにも新国カラーというか、見慣れた蛍光色が入るんですが、さっきのツアーで照明装置を見せてもらったとき、単色の光を出すライトが並んで信号が3段くらいになったような外見のいかにも劇場照明風の装置を見せてもらって、これは古くて今はあまり使っているところはないと聞いたのを思い出して、ひょっとしてあれを使っているからこの新国カラーの蛍光色の演出が多いのでは、と思い当たりました。ちなみに今はプロジェクターが主流ですが、強い光が出せるということではこの古典的なタイプが有利で使い続けているそうです。私はあの新国カラーは照明担当者の趣味なのかと思ってましたよ。ついでにクレジットされた演出・セット・ 照明チームとは別に、それを具体化する段階で、劇場としての個性がこういうところに出るのだなあと具体例で実感出来ました。

衣装はよく出来てると思う。水兵達の整列すると帆船のマストになる蜘蛛の巣ユニホームとか、陸に上がったときの赤い靴とか可愛い。

さてキャストは、オランダ人は私はパス。平坦。メリハリがない。フレーズに力が入ってなくてずるずる流れて行く。ただ、基本平坦で引き伸ばしをするタイプの歌唱って、日本では満遍なく声が出てるとか言われてプラス評価になったりするし、引き伸ばしをメリハリと評価する人すらいたりするし、フレーズがどう処理されていようが殆どの人には検知されないので*1、観客の皆さんは満足したのではないでしょうか。

ダーラントは1幕と2幕の間に交代劇がありました。オリジナルキャストはランデスで歌唱的には元々期待して無かったんですが、1幕では歌唱スタイルどうこうどころではなく声が出てる箇所と出てない箇所が混在していて、2幕開始時のアナウンスで交替を知らされたときは却って納得。いかにもしんどそうだったのでこっちがホッとしました。ただ今回初めて生で聴いて、録音聴いてるときは全く思わなかったけど、声が出てるときの声そのものの魅力は割とあると思いました。次にカバーの長谷川さんですが、私がダーラント父ちゃんに求めるものはビリエルさん以来のお調子者で浮かれ模様の人物像なのですが、それをある程度表現してくれたので満足しました。この意味ではランデスの喉が仮に調子よかったとしても、私は長谷川さんで聴けて良かった。

今回のキャストの私的白眉は、ゼンダのウィルソン。一音目を静かに静かに完璧に入れて、波が静かに寄せ引きしながら満ちて行くようにゆっくり高揚させて行くセンスが素晴らしい。彼女の愛の死、聴いてみたいですね。可愛らしいソフトな声なのでイゾルデを歌うことはないかもしれませんが、アリアだけでいいので。体型?演技?どうでもいいです(笑)。

エリックは登場当初は不安定な箇所もあったけど、一つ々々のフレーズを丁寧に処理しているところが好印象でした。マリーは良かったと思う。見張りの兄ちゃんは、ちと音程が不安定なような。

合唱は、ここもっとうまい印象があったんだけど、男声合唱のニュアンスに乏しいのがプチ不満で、女声合唱の紡ぎ歌などは満足しました。合唱そのものというよりは効果の問題でしょうが、オランダ船からの声が、2幕のどんちゃんのところが何を言ってるのか分からなくて、遠いというよりは音がはっきりしない感じで、終わりの箇所ではそうじゃなかったから何か意図があったのだと思うけど、何を狙ったのか分からなかった。

このキャスト評からも分かるように、オランダ人、ダーラント@交替前、見張りの出る1幕が終わった時点では一体今日どうなっちゃうのと思いつつ観てて、2幕に入ったらずっとマシになってホッとしました。ただま、総評としては、ウィルソンを知ったことが成果で、全体としては満足とは言い難い出来だったかな。6回目もジンクスは破れなかった。

そうそう、演奏中に地震があったんですよ。東京は震度3だから大したことない大きさだったのですが、4階バルコニー後方にいる身としては大きかったです。これが予震で本震が来たらどうしようと思ったのですが、幸い何も来ませんでした。可動部だらけの舞台はもっと揺れたんじゃないかと思うのですが、合唱がびくともせずに歌い続けてました。

さまよえるオランダ人
2012年3月14日(水)新国立劇場
指揮: トーマス・ネトピル
演出: マティアス・フォン・シュテークマン
演奏: 東京交響楽団
ダーラント: ディオゲネスランデス(1幕)、長谷川顯(2−3幕)
ゼンダ: ジェニファー・ウィルソン
エリック: トミスラフ・ムチェック
マリー: 竹下節子
舵手: 望月哲也
オランダ人: エフゲニー・ニキティン

*1:日本に限らず国際標準的にもそれでいいことになってるし、そういう意味では、そうでないものを勝手に要求してNG出してる方がおかしい。