「わしの白髪を悲しそうに見つめていた」に一言

先日のVとF以来、ついドール・ミーロ・ソール・・・・と口ずさんでしまい、誰かに聞かれてなかったかと後ろを振り返っては赤面しているstarboardですこんばんわこんばんわ><*1

いつまでドン・カルロを引きずってるんだって感じですが、本日もドン・カルロ言及です。そろそろ自分の中にあるネタを吐き出して一段落しようと思って棚卸しです。本日のネタも、フィリッポのアリア"Ella giammai m'amo!"の一節から。

「王妃がフランスから到着した日に、わしの白髪を悲しそうに見つめていた顔が忘れられない」だかなんだったか、そういう意味内容の歌詞があるわけですが、いやそりゃ違うだろうと毎回思っちゃうんです。まあ、特に意中の人がいない娘さんならそういうこともあるかもしれませんが、オペラのエリザベッタはカルロが好きなんですよね。ということは、ここで悲しそうな顔をする理由はただひとつ、あなたがカルロじゃないからなんですよ。違いますか?

ところがコンプレックスを持つ人間というのは、どうしてもそこに曳き付けて考えてしまうんですねえ。他のことなら冷静に合理的に客観的に考えられたとしても、そのポイントだけは空回りしてしまう、どうやってもそこに結び付けて考えてしまう、そういう弱みを持っているのが人間でございます。一観客としては、ああもうしょうがないなあ、と思うわけです。そんなこと思い煩うだけムダムダムダムダ・・・八ッ場ダム*2

正直ですね、私なんかは、王なんだし政略結婚なんだし年だって釣合ってない自覚があるんだったら、他所に妾でも作ってよろしくやっときゃいいじゃんとしか思わないわけです。それじゃドラマになりませんが。ついでに、オペラ鑑賞に著しく向いていない人間であることもバレてしまいました。

だからここは、なんつーか、王自身の中で完結している問題というか、エリザベッタ関係ないんですよ。エリザベッタを通して自分の弱みを見つめる人間がいるだけです。そこに普遍性がある。もちろん、その弱みというのが、老いという誰もに訪れるものであるということにも。

いやまあ、どうでもいいんですが、この人、全く枯れてないよね。リブレット読めば読むほど枯れてないよね。むしろ、この手の焦りというのは、老いの兆候が見え始めたくらいのタイミングが一番くるので、ミッドエイジ・クライシスなくらいの年齢が実は一番ハマるのではないかと思ったり。

こんなこと書いてて、あと10数年後には180度違うこと言ってたりして。それもまた楽し。

*1:またこーゆー誰にも通じないネタをやる。

*2:時事ネタはすぐ風化するから要注意。