フェミニズム・リング再び

なんか出発前って忙しいですね。でも上海から帰ったら、しばらく上海のレポとその派生で今書こうと思ってることなんて忘れちゃうだろうから、出発前に吐き出しておこうと思います。

さて、先日の「リングの主役は誰か?」を読んだ方はとっくに予測済だと思いますが、あの内容に思い至って驚いたのは、コペハンリングの演出が思っていたよりもよく考えられたものだということだったりします。・・・・えと、こう来ると思ったでしょ?私もそう思ってて、言外に伝わるから黙ってた方がいいかなあと思ったんですが、野暮天だから書いちゃいました。

もちろん初リングがコペハンだったので影響されちゃってて、テキスト単独で読んでても先入観入ってるってことかもしれないです。ただ私は比較的テキスト読みには自信があるし*1、自分の先入観にはかなり自覚的なので、その分を考慮して考えると、このテキストならコペハン経由じゃなくても同じ結論に達したろうと思います*2

いや最初から演出には感心してたんだけど、作品そのものから必然的に導かれる部分と、ちょっと新機軸を狙ってみようと思ってやったプラス・アルファな部分と、両方あると思ってたんですよ。で、フェミニズム・リングの部分、ブリュンヒルデを中心に捉えて物語を再構成するってのは後者の範疇だと思ってたんです。だってワーグナーだし「The 男の世界!」な印象があるじゃないですか。そこにあえてフェミニズムの視点を持ち出む意外性みたいなものを狙ったのかと思ったわけです。ところがそういうことでは無くて、作品そのものが内在してたんですね。なんでこんなキャッチコピー付けたのかな。これあるせいで惑わされるじゃんね。いやそれを言い出したら「ワーグナー=男の世界」ってのが、ワーグナーのイメージじゃなくて(日本の)ワグネリアンのイメージなのかも。

まあこのキャッチコピーに関しては、当初から誤解を生みやすくて勿体無いと思ってました。ただ思うに、日本ではフェミニズムって結構評判が悪いというか過剰反応しがちというか色眼鏡入り過ぎるというか、私が理系環境にいるんでどうしても典型的ホモソーシャル世界な反応に触れることが多いので平均的日本人よりもさらに印象悪いのかもしれませんが*3 *4、余計な色が付き過ぎてると思うんですが、あっちじゃあもっと普通のことなのかもしれません。日本人が日本人の感覚でヤキモキしても仕方ないかも。

話を元に戻して、あの理解で読むと、黄昏の最後は、ワルキューレの2幕でビリュンヒルデが言ったように、「ブリュンヒルデは生きて!そして、ジークフリートも生きて!」って思うんですよ。あの音楽がそう言ってるんです。これは説明出来ない。なんでかそう思う。全ての文脈をとっぱらっても、そういう音楽だと感じる。正直これに気付くまでは、リブレットを念頭に置いて聴くと描かれているシーンと音楽が本当の意味ではしっくり来なかったけど、来ないなりに音楽の力で納得させられるような感覚があったけど、そう思って聴くと、すごくしっくり来る。

正直ね、私は、あのストーリーをワーグナーが意識して書いたとは思ってないです。構想はあったけど表現しきれなかったし、本人も自覚しつつどうしていいか分からなかったところがあると思う。だから内在してるけど、そのように表現されてはいないと思う。

ホルテンのリングも、ワーグナーのリングそのものではないと思う。ただ、ワーグナーが観たら気に入ったんじゃないかな。ときには他人の方が自分の言いたいことを的確に表現してくれて吃驚することってありますよね。創作って、作ってる者にしたらそういうところがあるから。話が出来てはじめて「自分はこういうことを言いたかったのか!」みたいな。

コペハンのDVDの解説に書いてありますが、黄昏の最後に何が描いてあるのかチームみんなで議論して、こういう形になったそうです。真面目にそういうことをやっちゃうDKTがやっぱり好きです。演出家が作り上げて説明して、みんなに分かってもらって、ってステップじゃないんですよね。引き出す演出なんです。なんでホルテンがDKTアイドルなのか分かる気がします。劇場の中の人にとっての方が、よりアイドルなんじゃないかな。去年まで合った過去の公演のアーカイブにすごくいいビデオがあったんだけど、今年の春の階層でアーカイブが無くなっちゃって紹介出来なくなってしまったのが残念。きっとそのうちアーカイブ再整備されて公開されると思いますが。

関連本メモ

こんなのがあるらしい。古い本なので入手経路がないので未読*5。どなたかご存知の方いたら教えてください。紹介文を読むに、あんま関係なさそうだが。
Dieter Schickling:Abschied von Walhall Richard Wagners erotische Gesellschaft
Deutsche Verlag-Anstalt(1983)

またデン語を読む気があるなら、こんなのもある。こちらはコペハンリング製作過程のドキュメンタリー・レポ&フォトブックのようなものらしい。フォトの部分だけでも楽しめるから、冬に行ったときにあれば買って来ようかな。

http://www.boghuset.dk/boghuset/bghxtproduct/view/full/248382
Brünnhildes ring, Henrik Engelbrecht
Opera Dramaturge Henrik Engelbrecht told in text and pictures, interviews and diary notes on the Royal Theatre setup of Wagner's great opera cycle is completed this spring with a comprehensive listing of all four operas: Das Rheingold, Die Walküre, Siegfried and Ragnarok. One at once extremely complex and wildly inspiring cooperation. Illustrated with approx. 200 color photos from the performances of Martin Mydtskov Ronne.

*1:耳とか会話とか感情とかは苦手ですけどね。書かれた情報には強いんです。

*2:ただしコペハン経由じゃなかったら、ちょっと観てみたけどよく分からんとか思って、ここまで作品と向き合う気にならなくて、結果的に発見が遅れた/気付かなかった可能性はあります。

*3:これまであった事例ですごいと思ったのは、明らかに暴力で傷害事件で(←比喩的な意味の暴力ではなく物理的な暴力です念のため)、大したことは無かったのでそもそも面倒を起こす気はなかったのですが、公衆の面前で起きたことだったので後で別の人の口から聞こえても具合が悪かろうと思って報告に行ったら、「それで?セクハラだって言いたいの?」と言われたことがあって、いやあよっぽど警戒されてんだなあと。警戒する気持ちも分からんではないが、警戒し過ぎですよ。傷害事件を聞いてなんでハラスメントを心配するんだ。主客転倒もいいところだと思うんだ。まあでも思うに、男だったらそんなこと言いに来ないとか、そもそも力が拮抗してるからその程度では傷害にならないとか、そういう広い意味で、女でなければ訴えてこないこと=セクハラに似たものだったのかな。まあどうでもいいですが。余談終わり。

*4:念のため追記。別に普段からセクハラばっか言ってるから「またか」と思われたとかそういうんじゃないですよ。逆にそんなこと言ったことない部類の人間です。なのに第一声がそれだったから、よっぽど警戒されてんだなあと思った。

*5:そもそも私は電子テキストの入手出来ない独文は読めないと思う。昔の人はえらいなあ。