ノアゴー: シッダルタ

久々のディスクレポートである。もちろんデンマークオペラである。ペア・ノアゴー(Per Nørgård)のSiddharta。日本語カタカナによる慣用表記ではシッダルタ。しかしディスクを聴いていると、シッドアルタと聴こえる。ブッダの出家以前を描いたオペラで、一幕30分前後の3幕構成になっている。例のごとくえーかげんにノリだけ紹介。

  • Act1(朝):王子シッダルタの誕生。王と民が王妃の出産を祈るなかで、伝令が王子の誕生を告げに来る。ちなみに王がハグランドで、伝令がポール・エルミング。次いで預言者アシタが「王子は病、老い、死に触れて、国を捨ててしまうであろう」と告げる。王は王子を病、老い、死に触れることのない環境で育てると宣言し、民衆は「病、老い、死から王子を守れ」と合唱するなか、伝令が再度現れ、王妃が無くなったことを告げつつ幕。
  • Act2(昼):王子は若く美しい者達だけの死の気配のない世界で育つ。王妃の姉妹であるプラジャパティは王子に現実の世界を知らせよと訴え、王が拒絶するところに、当の本人が"Dancing is living"とか言いながら能天気に現れる。なぜ能天気なのかというと、アナセンだからだろう*1。王は3人の姫を呼んでゲームをやろうと言うが、このゲームによって王子に選ばれた姫が王子の花嫁となる次第。選ばれなかった姫が「もう私は彼の姿を見てしまったから、永遠に忘れることは出来ない」とかなんとか言ってる横で、選ばれた姫@Kibergさんは「彼が盲目でも私を選んだろうか」と言ってその通りのことを試すのであった。
  • Act3(夕べ):王子はついに病を知る。いつもダンスで彼を楽しませてくれた娘が病にかかり、もうあなたを楽しませることは出来ないと言う。王や周囲は病や死の存在を隠そうとするが、ついに娘は死に、その体が動かなくなっていずこかに運ばれる様を見、また老いた父王の顔を見て、ついに彼は彼の世界が嘘で塗り固められていることを理解する。周囲が引き止めるなか王子は国を捨てて終幕。

こんなストーリーです。なんか聞いたことのある話のような気もするが、故事来歴なのか、なんかのフィクション経由で知ったのか釈然としない。シニカルな物語で、王達による王子を苦しみから隔離しようとする試み(嘘)こそが、王子を苦しめ、出家に至る決意をさせるという筋書きですな。こうやって粗筋だけ書くとそうでもなさそうですが、台詞で読み進めると、あんまオペラ向きではない、分かりやすい話ではない話ですが*2、そこは演劇性を追求するデンマークオペラということで。はるか海の向こうでこんなオペラ作って上演してたんだと思うと、葬式だけ仏教徒としては不思議な心境です。

いやー。このオペラはノアゴーだから、私は人には薦めません。しかしこの作曲家は私にとってはいまだに外れのない作曲家でありまして、今回も超絶バクバクでございました。演奏する人が限定されるからか、ノアゴーの演奏で外れって本当ないですねー。ものはというと、まあ典型的な無調音楽で、たぶんこういうのを味わう習慣のない人にとっては捕えどころのない感じかと思いますが、音に身を任せることが出来れば、音の重なりが常に美しいです。ヴォーカルに注目し過ぎず、響きの一部として聴くことをお薦めします。間奏の鐘の音の重なりもいいっすよ。西欧人の思う東洋エキゾチシズム無国籍音楽ガムラン・インスパイアードみたいなノリで、うまくノれればトリップ出来ます。

しかしそんなことより今日は、3幕の王子が病、老い、死を理解するとこに衝撃を受けまして。はじめは何が起きたか理解出来なくて、長い独白を経てついに気付くというお決まりの展開なんですが、ここなんですよ。こういうのって、大抵は絶叫調で歌うことになるかと思うし、付けられてる旋律もそう表現しておかしくない感じなんですが、本当に一瞬、一瞬だけ張り上げると見せかけて、すぐ抑えてppに持ち込むこの感じ、これにすごいヤられましてですね。いやー。ここでそう来るのはすごい。このシーンで、この旋律で、ここまで潔く全く引っ張らないセンスはすごい。やっぱり私はアナセンが好きだ。超絶好きなんだ。この感じはあれですよ、子供の頃に周囲に趣味の合う人がいなくて、そこではじめて見つけたたった一人の話の合う友達みたいな。「やっぱそうだよなっ。それだよなっ。」みたいな。

うーん、何言ってんでしょうね。嬉しかったんですよ。そんだけ。同時収録のパーカッション曲もよろしいですよ。でもオペラ終わった後の余韻もなく唐突に始まるのは勘弁して欲しいな。

Per Norgard : Siddharta
Jan Latham-Koenig
Danish National Symphony Orchestra & Choir

*1:この登場時の第一声に私はかなりハマってしまった。しかしこの役は本当はかなり難しいと思う。

*2:還元的な理解でなくて全体的な理解を要求されるというかなんというか、オペラ的な一人が歌ってるときにその人に感情移入すればいいんではなくて、状況と他の人物の思惑を合わせて同時に理解することを求められるというか、そんなところのある話です。