トリスタンとイゾルデ@DKT/詳細版(5)

DKTトリイゾレポの続きです。(1) (2) (3) (4) はこちら。この連載もとうとう5回目です。3幕は全く冷静に聴けちゃいないので、演出中心に書きたいと思います。

3幕の前奏は、2幕と違って手堅く、しかもイングリッシュ・ホルンのソロがはじまると、おおー!これがー!生ロキソン・トーマス!さすが!!事前にフューチャーされるのも納得でありました。なんでしょう、情緒があるんですよ、演奏に。ほの明るい淋しさとでも言うべき、ちょっと矛盾した要素が同居してて、ここのテーマをストレートに表現するのではなく外しが入ってて、そこが私にはしっくり来ました。

前奏の間にトリスタンとクルナヴェールがいつものごとく2階の踊り場から登場します。え?トリスタンはいま生死の境をさまよっているのでは、と思って見ていると階下に降りて来たトリスタンが、怪我を表すのであろうたすき状の布をかけて横になります。クルナヴェールも傍に腰を下ろし、ここからこの演出の暗示がはじまります。

3階にいる牧童と下にいるクルナヴェールの間で会話が交わされ、牧童には詩情が欲しいという変なこだわりを持つ私としては、牧童がかつてないほど声・歌唱・ビジュアルともにピンポイントで好みなのでつい気をとられていると、トリスタンが目を覚まします。その声があまりにも腰が据わっているというか、表現は儚げなんだけど芯がしっかりしていて質の違うものなので一気にトリスタンのペースに持っていかれてしまいます。


3幕こそ、本当に「ここ」が痛くて痛くて、あまりにもその状態がずっと続くので、どうにかなっちゃうんじゃないかと思いました。ずっと手が襟元を押えていて*1、そのまま仰向いたりしてましたから、「お前はマダムバタフライかっ」状態でした。誰かが客席を観察していたら、一人だけ違う動きをしていて浮き上がっていたのではないかと思います*2

だから歌がどうだったかなんて全く覚えていないです。ただ、ここから感じたことを。右舷日記的トリスタン・その2です。その1で生い立ちの話をしましたが、生い立ちだけでそうなるわけでもなくて、彼は、生まれつき激しい気質の人間なんです。本人もそのことに感づいていて、ゆえに抑えなきゃいけないと思って生きてきて、だから周囲には逆に冷静に写っていた面もある。そうやって蓋をして生きた結果が、彼が語る死への憧れだったり、両親への半ば妄想じみた想いだったり、反抗への衝動――いつか衝動にかられて自分の積み上げてきたものを壊してしまうという予感でありおそれであったのです。媚薬を自ら醸し、望み、予感していたとは、そういうことだと思います。何故そんな無理をして自分を抑えて生きなきゃいけないのかというと、それは無意識であり本能であり直感であって、そういう風に生まれついてみないと分からない種類の事柄かもしれません。イゾルデはそんな彼の直感的な理解者です。だから、イゾルデの登場は、死へのいざないであると同時に、待ち望んだ解放でもあります。焦がれる――何に?愛しい恋人であると同時に、偽りの自分から解放してくれるものに。

これはたぶん一般的な理解ではないと思います。でもこの公演で感じたことはこういうことでした。何故彼はイゾルデを置いて先に死に急いでしまうのか。最後に語ったものは何か。アナセンを聴くというのは、こういうバックストーリーが直接心に流れ込んで来るということです、私にとっては。それは相性であって、誰にとってもそうではないのかもしれませんが。


また演出の話に戻ります。トリスタンの死からがこの演出の暗示が炸裂するところで、彼の死はローブを脱いでそっと床に置くことで表現されます。その瞬間、ローブはトリスタンの肉体となり、彼の姿は彼の魂になります。トリスタンはその後舞台に残り、イゾルデを見守るように静かに立っています。イゾルデはローブを抱きしめ、嘆きます。メロートとマルケ王一行が踏み込んで来て、クルナヴェールがメロートを討つと、メロートはトリスタンの傍(彼岸)まで来て武器を置き、静かに立ち尽くします。続いてクルナヴェールも同様に武器を置き、立ち尽くす存在になります。

続く愛の死がかなり特徴的で、舞台の前方中央に歩み出たイゾルデが愛の死を歌い出すと、まずブランゲーネがその傍に腰を下ろし、瞳を輝かせ微笑を浮かべながらイゾルデを見上げ、彼女の話に聞き入ります。マルケ王、クルナヴェール、メロート、牧童、舵取りも次々とやって来て、イゾルデの左右で立ち止まり、ある者は腰を下ろし、ある者は立ち尽くしたまま、彼女の話(愛の死)に耳を傾けます。登場人物がみな舞台前面に出てイゾルデの左右に並ぶなかで、トリスタンだけが少し下がった位置にいて、彼女を見守っています。愛の死が後半に差し掛かると、セットのタイルの壁が、窓が開くように縦にスライドして、その背景から朝日*3が差し込んで幕を迎えます。ブランゲーネが笑っていることもありますが、幸福感に満ちた終幕と言えましょう。

これで時系列に沿ったレポは終わります。あと1回感想や補足を書きます。

追記/続きはこちら → トリスタンとイゾルデ@DKT/詳細版 (6)

*1:そうなんですよ!普通「胸が痛い」と聞いて連想する場所よりも上なんです!こういうときに痛くなる場所は!今まで生きてきて知らなかった!!

*2:嗚呼こんなところまで来て浮きたくないよ・・・・

*3:夕日でもいいのですが、私は朝日だと思いました。