イリス@京都コンサートホール(2)

(1)はこちら。そういうわけで田舎で花の手入れなんかをしていたイリスたんは盲人のお父さんの元から拐かされてしまい、今は吉原にいるのでした。さて休憩時間を終えて席に着くと、私は目を疑いました。セットの吉原の芸者部屋と思われる空間に飾られている屏風は、あれは、北斎の「蛸と海女」じゃねえか!!!見たい方はwikipedia:蛸と海女をどうぞ。さくっと概要を把握したい方は現代語訳をどうぞ。ちなみに、良い子は職場や学校で開いちゃダメよ。

さて画を認識してしばし呆然とした後、ここはどこかと思い至り事態を把握し、私の中のフリッカが発動いたしました*1。公金を使って運営している施設で、衆人監視の中、まさかここでこんな画を拝む日がこようとは思わなかった!つーか千人以上で一緒に「蛸と海女」鑑賞会!?!?!?!?いいのか!いいのか!!いいのんか!?*2つーか客は分かってんのか?

それからはもう大変ですよ!おい、そこにスポットライトを当てるな!赤い光なんか当てるな!ピンクはもっとダメだってば!!!気が気ではありません。またここの照明が、イリスが自分はどこにいるんだろうとはっと気がつく瞬間にこの画にライトが当たるといった使い方をしてまして、つまりただ背景画としてあるのではなく、否が応にも注目させられる使い方なんですわ。はっきり言って、直視できません。ストーリーは、この後「オオサカ」がやってきてイリスに言い寄るわけですが、リブレットで性を示唆する文脈が来るとその度に照明が変化してこの画に注目させられるのでありました。いやー(笑)。もう、今日何しに来たか分かんないよ。まあ台詞も大概モロだし。「お前の着物の中に、欲望の眼差しを入り込ませておくれ」とかね。そうこうしているうちに段々マエストロ・ミッチー(演出家兼任)の禿げ頭がタコに見えてきます。「とんでもないことしやがって、このタコがっ!(←愛を込めて)」

ところがこれだけでも充分アレなのに、ストーリーはどんどん怪しくなって行きます。オオサカが自分は快楽なのだと言い出すと、イリスが思い出して語りはじめます。「小さい頃、お坊さんがお寺の屏風に奇妙なものを描いているのを見たことがあるわ・・・・その怪物(タコ)は、ぬわぬわとした足を、娘の足に、腰に・・・・苦しそうな腕にも胸にも絡ませ、締め上げていた・・・・そして娘は、究極の苦しみに、微笑んで死ぬの!微笑んで死ぬの!・・・・お坊さんは大きな声で言ったわ、あのタコが快楽そのものじゃと。そしてあのタコは死じゃ、と」このくだりに至って、やっと思い当たります。ここにこの画を持ってきたのは、ミッチーの思いつきじゃなくて、この画が元ネタなのか?台本作家or作曲家のどちらかは、この画を知っていた???・・・・さもありなん、向うの文化人て好きそうだもんね、こういうの。北斎だし。そういや、wikipediaの拡大図に、英独西仏の表題付いてるもんなあ。伊はなかったのか?

しかし、寺の屏風に「大蛸と海女」を描く坊主も坊主なら、それを性の意味を知らぬ少女の口から描写させて、そこをニヤニヤ鑑賞しようという趣味も大概ですけどね。ええ、言ってやりましょう!ああいう春画を描く日本人もド変態だが、あんたらもド変態だよっ!>マスカーニ&リブレッター

ちなみにこの後の展開は、リブレット上は無理矢理接吻をして拒まれるという流れなわけですが、あれは絶対アレだよね、それだけで済んだ筈はなかろうとニヤニヤしながら鑑賞するポイントだよねー。

今回で終わらなかった。久々の3連作レポになる予定です。ちなみに、2008年の日本公演の動画がYouTubeにありましたので、興味を持たれた方はご覧下さい。演出は全然違うけど。

他に、YouTubeで見れるイリスとしては、こんなのもある模様です。

*1:ちなみに前回の発動は → http://d.hatena.ne.jp/starboard/20100818

*2:趣旨が怪しくなってきた・・・・分からない方は飛ばしてください。