BPOサロメの感想

はじめてまともにサロメを聴いたのだけど、オーケストレーションが美しい作品だなあと思った。シュトラウスをまともに向き合って聴けたのははじめてかもしれません。

まず全体としては、一気に面白く聴けたのは間違いありません。だから演奏全体としは◎です。そのうえで贅沢系の話。またはオペラに勝手に特殊なものを期待した挙句、無くて当然のものを求めて無い々々と言ってる文章。

ラトル&BPOは精密で立派だけど、クールだなあと思った。クールっつーか平静か。高度に職人的というか。絶対値で。他の演奏と比べて相対的にどうなのかは私には分かりません。

アナセンが一人で全幕公演をやっていた。これについては後ほど。

サロメは、私としては、もっと無邪気にやって欲しいんだけど。ソプラノが強い感情を表現するとヒステリック入るのは仕方無いのか。この時点では、すごく感心するとか引き込まれるとか強く何かを感じるとかは無かった。後で別の演奏を聴いたら反省して撤回するかもしらんけど*1。あと私の個人的な趣味として、ヨカナーンと対峙するところ(お前の体が、髪が、唇が好きだのくだり)と、首を手に入れた後のところ(何故私を見てくれなかったの云々)が、明らかに物足りないかなあ。そのときのサロメの精神状態よりは歌うことに神経が行ってそうな感じを受ける。声は全域に渡って違和感がなく自然で、よく出てる。

カナーンは、私は何も感じなかったなあ。アプローチとしては、キリストについて述べるくだりだけ表情を付けて、後は無表情に一本調子で通すというもの。頭でっかちなアプローチであるように思う。本人のせいではなくて、そもそもこの役がそういうもんとされているからかもしらんけど。いや、その無表情の部分が、ただ歌ってるだけだから気に入らないのだろう。

ロディアスも無表情なんだけど、これもそういう意図なのかなあ。ただ、この役はこのアプローチで不満ありません。

ナラボートは声も歌い方も好きになれない。頭の悪いあんちゃんの表現として意識してやってるなら成功。いやキャスティングの妙か。

他はまあそれなり。第1の兵士として予定されていたガボール・ブレッツを密かに楽しみにしていたのだが、降板しちゃったみたい。代役はOlivier Zwangで、この人は上海のアルベルヒで聴いたことのある人だった。声は特徴あって耳に残る。

で、全体を通して見ると、ヘロデだけがめっちゃ人間らしく右往左往してて*2サロメが次いで、他は無表情で統一してという、そんな印象の公演だった。この後に立ち稽古に入るタイミングだろうから、演出意図が入っているのだろうか。ちなみに演出家はDKTルルと同じS.ヘアハイムである。


アナセンのヘロデは、なんだかこれで全幕を見た気分になってしまった。お得? 彼のヘロデは、非常に人間らしくて、この異常な感覚の持ち主ばかりの世界で一人だけ普通の感覚の持ち主が右往左往しているような感じだった。日本語で「人間らしい」というと、人間の集団の平均辺りを指すのではなくて理想的な超人のことを指すので(「普通」も同じ)ややこしいのだが、私が言ってるのはそれではなく現実の人間の方で、欲もあるし思慮も足りないし、だけどそればかりでもない、善と悪のどちらかに分かりやすく極端ではないどっちも入り混じった現実の人間のことだ。

彼の役作りは基本的には共感に基づいている。自分がこう行動するとしたら、それはどういう心理に基づいているのだろうかというものが必ずある。当然のことのようだが、誰でもそうであるわけではない。少なくとも、私は誰にでもあるようには感じない。それがないのか、あるけど表現出来ていないのか、どちらかというと前者が多いように思う。もうひとつ別の問題として、「自分が」を前提にするかどうかというのもある。全て「自分が」から出発していたら幅が狭まるので、最初から完全なる他者として取り組む人も多いだろう。でも私は「自分が」から出発する人が好きだ。アナセンもそうだし、ホルテンもそうだ。結果、脳内お花畑みたいな不思議な世界が出来上がるんだけどね。

話は戻って、今回の鑑賞は私の中では、自らの欲と思いつきと短慮のために聖者の首を切らなければならぬという窮地に追い込まれたヘロデが必死に懇願する物語になってしまった。そんで、あのチンチクリンのヘロデが全身いっぱい使って懇願するたびに釣られて一緒にサロメの心変わりを願ってしまった。結末は知ってるのに。

そうなってしまったのは、サロメとヨカナーンのシーンでムズムズしなかったのも大きいんだけど。つーかあそこをそういう風にやるのは、それはそれでひとつの解釈ではあるけど、別にそうであらねばならないわけではないのだろう。私がテキストを読んだイメージがそれであっただけで。今回は、そういう意図じゃないんだろう。

ところで、本気で誰かを必死に死にそうな思いで説得したことってありますか?いや私もつい最近までなかったんですが、丁度経験したところだったので、タイムリー過ぎて身につまされました。


9.9ユーロ(24hプラン)でデジタルコンサートホールで観ることが出来ますので、よかったらどうぞ。リンク先にはサンプル動画もあります。

http://www.digitalconcerthall.com/ja/concert/1654
28/03/2011
Richard Strauss
Salome concert performance (1:54:30)
Berliner Philharmoniker, Sir Simon Rattle, Stig Andersen Tenor (Herod), Hanna Schwarz Mezzo-Soprano (Herodias), Emily Magee Soprano (Salome), Iain Paterson Bass Baritone (Jochanaan), Pavol Breslik Tenor (Narraboth), Rinat Shaham Mezzo-Soprano (Page), Burkhard Ulrich Tenor (First Jew), Bernhard Berchtold Tenor (Second Jew), Timothy Robinson Tenor (Third Jew), Marcel Beekman Tenor (Fourth Jew), Richard Wiegold Bass (Fifth Jew), Reinhard Hagen Bass (First Nazarene), Andrè Schuen Bass Baritone (Second Nazarene, Cappadocian), Olver Wzarg Bass (First Soldier), Wilhelm Schwinghammer Bass (Second Soldier)

*1:という予感は若干ある。

*2:それはそれで王らしくないという意見は出るだろう。