ドン・カルロ@メト来日公演名古屋(前半)

行って参りました。そこそこ面白かったけど、来日公演のチケット代分の価値があるかというと微妙だった。私にとっては、ですよ。以下、偏った感性の持ち主による偏った印象が展開されますので、読者におかれましては真に受けずにギャグとして読まれることをお薦めします。特にこれから観る方は読まない方がいいと思います。


さて会場についてパンフレットを広げながら、そういえば今日のはイタリア語5幕版なのか、それは初体験だと思いながら開幕を待ちます*1。支配人の挨拶があって、それが終わると、聴き慣れたテーマだけど聴き慣れない音楽がはじまります。ところがそれが、なんか冴えない。個々の音もその構成も一向に冴えない。ついでに合唱も、さっぱり。なんとなく嫌な予感がしてたけど、やっぱり失敗しちゃったかなー、昨日あんなレポをあげたからバチが当たったのかしらと思いながら座っていると、全然ノれないまま初体験の5幕版の1幕が終わってしまいました。

うーん、これは、演奏がよっぽど悪いのか、それとも4幕版の方がよく上演されるのは必然なのかと思いながらも、それでも思ったことを書くと、まずこの4幕版には無い1幕の効果ですが、聞きかじり段階ではカルロとエリザベッタの結びつきを示すのに効果的ということで、それからイメージしていたものと違ったということです。実際、民衆の嘆き節から始まったときは、そのギャップにかなり面食らいました。で、観てどう思ったかと言うと、この物語の背景となっている民衆の立場*2を通して理解させる効果があるなと思いました。つまり4幕版では部分的・断片的な印象である民衆が、この1幕が加わることによって具体的な存在として感じられたということです。そしてカルロとエリザベッタの恋というのは、最初から最後までこの背景と切り離せないということが、単に台詞で語られたから、王族というのはそういうものだからそうなのではなく、具体的な存在を受けてのことだと思わせる効果がありました。4幕版だと「宮廷の中の人間達の対立と葛藤」的な性格が強いのですが、5幕版では宮廷の外も取り込んだ物語寄りになり、ゆえにラストの展開にも、カルロもまた時代の犠牲者であると思わせる度合いが強まったと思います。ただ、劇としてはちょっと冗長になるところもあり、4幕版はその意味では良くまとまっていると言えるでしょうね。

この一幕には今回キャストチェンジがあった大役2人がさっそく出てくるわけですが、カルロ役のリーに関しては、この時点では、なにかこなれていないというか、準備がよっぽど不十分なのか基礎的なテクニックがまだ追いついていないのでは?という種類の違和感を感じました。また一幕では常時背筋を丸めていて、毛皮のベストみたいな衣装と相俟って猟師みたいで、いくらお忍び中で身分を隠しているとしてもそれはないだろう、と思ったことも申し添えておきます。ポプラスカヤに関しては、声質も素直な感じで好みで、すごく感心するといったレベルではないものの、リーと比べると3倍くらいは好感が持てると思いました。4階サイドの舞台寄りから見下ろす角度だったので例の輪郭も気にならないし、所作も綺麗で、控え目な女性らしさがありました。

こんな状態から、そのまま2幕が始まりました。ここの入りの大事な和音で、たぶんホルンだったと思いますが*3、プカ〜〜っという気の抜けた音をかましてくれて、一体どうなっちゃってんのという気分になりました。オケは元々期待してなかったけど、その後も一向に良くない。いつも国内オケに厳しい評価出し過ぎててごめんと早速思いました。

で、なんか2幕も駄目なままでしたねえ。修道士はこの役に欲しい存在感に欠け、リーは相変わらずで、ホロストフスキーも録音からの期待と比べて「え?今日ひょっとして絶不調?そんなあ」という種類の、声を出したいように出せていないんではないかという引っかかりを感じました。この時点の私の気持ちは「えーーー↓↓↓」でした。心に訴えないとか大味であるとかいう以前の問題だと思いました。


もういい加減休憩して誰か知り合いでも捕まえて愚痴りたくなっていたところでしたが、どうやら休憩に入らず次があるようです。「えー?まだやんのー?」と思いつつ観ていると、なにやら演奏がはじまったのですが数小節やって止めてしまいました。私のところから見ていた印象では、これは舞台転換が間に合っておらず幕が開けられないので止めたように見えました。止めた後しばらく舞台転換のゴトゴト言う音が続いていました。舞台転換が本来のタイミングから遅れたのか、演奏側がフライングしたのかは分かりません。珍しいものを目撃したと思って、これはこれで満足しました*4

で、ここで、やっと、やっと、心から満足出来る人を一人見つけました。テバルトの人が良かったです。声も姿も可愛らしいし音楽的だし。続くエボリのグバノアさんですが、この時点では「エボリは初役なのかなあ?」「急な代役で初役って???」って感じの違和感でした。思い起こせば一昨年の「もっとオリエンタルにうねうね歌って」なんて、一定レベル以上だからこそ思う贅沢系の要求でした。「えー今日どうなっちゃってんのー?」と思いながら続きます。続くロドリーゴの登場でも挽回出来ず、ただカルロとエリザベッタのシーンでは、リーは相変わらず不器用ながら彼なりのやり方で情熱を表現しようとしているのが感じられ、エリザベッタは悪くないじゃないかと再確認しました。ただここで、カルロがうつ伏せて倒れていた姿勢からガバッと跳ね起きるシーンがあるのですが、明らかに「1,2,3・・・」とタイミングを測って跳ね起きているのが見えて、なんかおかしいと思いました。ここまでで舞台とオケの間のちぐはぐさも充分感じていたので、実はステージではオケの音を把握しにくい状態になっているのではと疑いました*5。また舞台的な不手際は続いているらしく、天井からなにか黒いものが落ちてきたと思ったらプロンプターボックスから手が伸びてそれを掴んで引っ込むといった場面を目撃して、まあ普通の状態じゃないことはよく分かりました。そんで、この後だったか、プロンプターボックスから手がはみ出して、各方面に1,2,・・・と示したり、退場タイミングを指示したりし始めたので*6、ステージで音が聴けていない疑惑は益々強まりました。

そんなところにパーペ登場です。いやー。すごい存在感ですね。舞台が一気に引き締まります。実は最近ちょっと離れ気味だったのですが、やっぱりこの人面白いわーと思いました。とにかく「えー今日どうなっちゃってんのー?」状態に一筋の光明が見えて、安心しました。ただ、このシーンは歌が必ず一瞬だけ*7オケを先行する状態で、そのテンポがあまりにも必ず一定の幅なので、なるほどなあと思いました。内容的には、この対決シーンでも、それまでのストレスフルな状態から解放されてほっとしたというのが正直なところで、このシーンを深く味わうとか新しい発見があるといった鑑賞の楽しみは正直なかったです。


なんだか悪いことばかりで恐縮ですが、本日はここまでです。続きは明日。さて、レポ中に何度も「この時点では」という表現が出てくることから、気付かれた方は既に気付いていると思いますが、後半は一気に巻き直しを図り、この状態は脱しますので、必ず続きとセットでお読みください。たぶん以後の東京公演ではこうじゃないと思います。

*1:聴き流しレベルでは聴いている筈ですが、リブレットを理解せずに音として聴いたレベルでした。

*2:といっても5幕版にしかない1幕はフランスの民衆で、4幕版にもあるそれ以降の方はスペイン、ときにフランドルの民衆なんですけど、国の運命に翻弄され、ゆえにある願いを持つ存在としての民衆としては共通だと思います。

*3:違ってたらごめん、金管のどれかであることは間違いない。

*4:変な満足をしないでください。

*5:ものの本で読んだところによると、これは現実に充分あり得る事態だそうです。

*6:もっと前からやっていたのかもしれませんが、私が気付いたのは黒い落下物以降でした。

*7:記憶によると数十ミリ秒くらいのオーダー。