マンチェスターの夜

既に公演日から一ヶ月経過してしまいましたが、おっかけ日記バージョン行きます。

以前からマンチェスターに行くとは言ってあったので、とりあえず前々日くらいにロンドンから一報入れておきます。すると一日目の公演終了後に楽屋かバックステージドアにおいでという返事がありました。

そういうわけで楽しみな筈のマンチェスターの一日目だったのですが、コンディションは最悪でした。今回の旅行、メールでチョロチョロと残務整理があって、たまたま前の晩に頭の痛いことがあって、目がさえちゃって眠れなかったんですよ。その状態でロンドンからマンチェスターに移動して、到着してみたら、なんか目から出血して白目の部分が真っ赤っ赤になっちゃってるし。なんでよりによって今日ーと泣きたい気分でホテルにチェック・インして、公演開始までの間、少しでも仮眠するかシャワーを使うか悩んだんですが、横になっても全然眠れないので、暖めると出血に良くないかなあと思いつつもバスを使うことにしました。

ぬるい湯船にゆったり浸かっていると、最悪だったコンディションがちょっとマシになり、上がってみたら目の出血もマシになっていました。ゆっくり出かける準備をして、そういえば花束とか持って行きたかったと思いついたけど、慣れぬ街で無理は禁物なので、今から駆け回って花を調達するのは諦めて、ホテルの2つ隣の区画にあるブリッジウォーター・ホールに向かいます。

19時半からの公演なのですが、外に出てみると、寒い!ロンドンでも寒いと思っていたのに、全然メじゃないくらいずっと寒い!これは日本で言うと初冬の気候です。会場にはコートを着てくる人も大勢いるではありませんか。おまけに隣の席のおじさんが毎日雨が降るから気をつけてと言います。このときは一体なんのことか分からず、そりゃ雨くらい降るだろうと思ったのですが、翌日すごい突然の豪雨に遭って、やっとここの気候の特殊性が分かったのでした。


それはともかく、calmな公演を見て、あまりに満足したので、今日はこのまま静かにしていたいなんて贅沢なこともチラッと頭を掠めつつ*1、約束したのでバックステージドアを探そうとドアの外に出ると・・・・寒い!!!屋内でも寒くて凍えていたのに絶対外で待ったり出来ない!あっさり諦めて降参コールをすることにしました。「どこにいるの?」てなやり取りをして10分後くらいにアナセン登場です。ステージで見ると上着の裾が奇妙に浮いている以外は(笑)意外と普通体型なのに、近くで見ると、やっぱりぬいぐるみです。すりすり。わーい♪パフパフのふわふわ♪*2

実は彼は今年の2月に(61歳のお誕生日に!)3度目の結婚をしてまして、本日は新婚の奥様を伴っての登場です。二人の仲睦まじいことったらなくて、内では仲が良かろうが悪かろうが、外では寄らず触らず身内は悪く言ってみせること、なーんてヘンテコな礼儀の存在する旧世界に普段住んでいる身としてはかなり新鮮な光景で、何故我々はあんなヘンなことをやってるんだろうとつくづく思ってしまったのでした。

奥様のイングリッドはスェーデン人ソプラノで、私も録音や写真経由では前から知っていたのですが*3、会うのははじめてです。今は歌を教えてることが多くて、今日もアナセンのコーチをしてて、すごくよいコーチだと聞かされます。「例えばどんなこと?」って聞いたら、Winterstrumeの歌い出しを小声で歌って教えてくれました。バーの片隅でソファで隣に座って聴くWinterstrume、いいでしょう?ところでこの日のこのパートについては、聴いてて強く思ったことがあるので、別途改めて書くつもりです。

ジークムントを歌うのは本当にいいと言い出すアナセン。こういうのを言い出すのは、めちゃアナセンっぽい。他のシンガーでは考えにくくないですか?「ジークムントが一番?」と尋ねると、「誰だろう?・・・タンホイザー?・・・ひょっとして、トリスタン?」トリスタンがフェイヴァリットらしいです。


アナセンが例のごとくiPhoneを出しながら新しい家の写真を見せてくれます。スェーデンに家を建てたこと、古い家を移築して組み直したこと、スェーデンでは人手不足で家を完成させるのは大変なこと*4、今は庭を造っていて庭作りは面白いこと*5、子供達と自分の仕事のためにデンマークの家もしばらく維持すること、エトセトラエトセトラ。

あと今日の公演にミュンヘンの支配人が来てて、公演後に楽屋を訪ねてきた話なんてのも。次はそちらにお目見えでしょうか。いつになるのかな。ジークムントなのかな?

実は会場から歩いてすぐという理由で私の泊っていたホテルのバーで飲んでいたのですが、店内の別のテーブルには今回の公演を聴きに来たドイツ人他のグループもいて、アナセンの姿を見つけて挨拶にやって来たのですが、彼らはバイロイトで出会って親しくなって、各地の注目公演を一緒に観てまわってるんだって。リタイア後の悠々生活でしょうか、いいなあ。彼らとは次の日の朝食でも会いましたよ。


そうこうしてるうちに話題は変なところに漂流して、私が音楽を聴いて感じること、でもみんなは全く逆のことを言うので、私はいつも混乱しているという話をしています。イングリッドがずっと「そうであるべきなのよ」って言ってくれたので、ずっと気が軽くなりました。今回、この日も次の日も、彼女がいてくれてたことは私にとってはとても意味のあることで*6、いつも自信がないことを、その自信の無い部分が予め分かっているかのようにそのタイミングで肯定してくれるので、なんだかこの手の話をし過ぎてしまいました。

楽しい夜もおしまい。さよならのハグして(←ほっぺたスリスリ付き)、そしたら発作的にしたくなって、胸にパフっと顔を埋めてスリスリして、やっぱりパフパフのふわふわで、アナセンはサンタさんみたいに「ハッハッハッ」って笑ってて、なんで彼が相手だとこういうことをしちゃうのか自分でも分かりません。普段まずこんなことしようなんて思いつかないし、万が一思いついたとしても絶対出来ないよ。出来るのがすごいと思う。なにか、自分が自分で無くなるのね。そして、もう1回長いハグをして、おやすみなさい。アナセン達はタクシーで近くのホテルに、それを見送って私は自分の部屋に戻りました。幸せなマンチェスターの夜でした。

*1:出待ちのつもりだったら、中止して帰ってしまう状況でした。

*2:人間に対する形容じゃないが、気にしちゃいけない。

*3:実は、この結婚の話を聞いたときにすぐ相手の名前を言い当ててアナセンをギョッとさせたのですが、だって彼女と一緒に写っているときのあなたの顔は「家族と一緒のときにしかしない顔」なんだもの、分からない方がどうかしてるってもんです。

*4:約束していても当日来ないんだって。

*5:なんかワイルドで、日本人から見ると、ただの野なのか庭なのか分かりません。

*6:アナセンは絶対そんなこと言わないからね。彼は生来オリジナルな存在なので、この手の話はピンと来ないんだと思う。