ねじの回転@ザ・カレッジ・オペラハウス

こんな箱なら京都に欲しい!今回は箱がどうしようもなく気に入ってしまいました。まるでデンマークのホールで聴いているような親密さです。それもその筈。ザ・カレッジ・オペラハウス大阪音楽大学の所有するオペラハウスで客席数756席(オーケストラピット使用時652席)という超贅沢空間なのです。これだけ親密だと大声大会にならずに、歌手の声もじっくり味わえます。内部も品の良い装飾性があり、室内楽向きの私設ホールによくあるような種類の居心地の良さがありました。立地もいいので、これから何度も通う予感ビシバシです*1。本当はもっと早く来たかったんですが、何故かこのホールは私の遠征スケジュールに合わせてオペラをやるので今まで一度も縁が無かったのです。

実はかねがね私は思っていました。文化会館も、新国も、兵庫芸文も、びわ湖も、殆どの日本人歌手には大き過ぎる(NHKは論外)。実は外国人歌手にとっても大き過ぎるのは一緒なのですが、日本に呼ばれる人=大声大会向きの人が集まるので、我々は美味しいところを聴けていない、オペラの魅力の半分を取り逃していると思うのです。箱が(興行上の理由から)大きくなって、大箱に出る人が格上みたいな扱いになると、本当に碌な方向に進化していかないと思います。箱が大きくなってオケも大きくなっても、人間の体はそんなに急に進化しないですからね。大声大会になると犠牲になるものは必ずあります。どんなスター歌手を持ってしても、それは無理です*2

こん中では文化会館は二千五百席という席数の割には千八百席並の親密さを保っている傑作ホールだと思います。比較的新しい新国、びわ湖は千八百席級、兵庫芸文は二千席級のホールですが、これでも興行上の要請と声楽上可能な空間の兼ね合いからの妥協ラインであり*3、声楽的にはもっと小さい方がいいのです。声楽的にはどの程度までがいいかというと、新国を作るときの候補として出たのは千五百〜千六百だったとか。デンマークの新劇場が千四百弱ですし*4、ヨーロッパの古い劇場もそんなもんですから、やっぱそんなもんだと思います。日本最大級とか言って喜んでたら「私はオペラに理解がないです」と言ってるようなもんです。全く困ったもんだ。

それはともかく、日本にオペラハウスを作るなら、やっぱり日本人に一番映える大きさにして欲しいですよねえ。兵庫芸文も、びわ湖も、そこが惜しいポイントです。別に聴けなくはないですが、一番いい条件をわざわざ逃して聴いてるんです。大箱推奨の某呼び屋の大将も引退したし、もう大箱の時代は終わりにしましょう。どうせ滅多に完売しないんだし。量より質ですよ、質。


余談ばかりしててオペラの話がさっぱり進みませんね。予習とも言えない予習で奇声を発して駆け出してしまったらどうしようと思った「ねじの回転」ですが、大丈夫、最後まで座って観れました。あらすじ読んで私が一番こわいと思ったポイントは、自分の見ているもののうち何が本当で何が虚構か信じられなくなって追い詰められていくプロセス、特に、主人公が周囲の人間の言動によって、自分の見聞きしているものを人々と共有していないことに気付き、人々の信頼を失い、自分の主観に確信が持てなくなっていくプロセスが描かれているところを想像して居たたまれなくなったのですが、オペラにしたときにこれらは削られたのか、オペラという形式に馴染まなかったのか、そもそも原作でもそれは描かれていなかったのか、とりあえず出てきませんでした。主人公の独白という比較的穏当な形式で触れられただけでした。

演出は面白いと思いました。全体に暗いトーンの物語で虚構性が高いのですが、その世界感をうまく描いていると思いました。黒い壁で舞台をさらに削り、手前に三角形の空間を残し、その前や、壁の一部が切り取られた狭い空間を使って物語が演じられます。このオペラは舞台転換が大変多いので、その転換を手早くスムーズに行うためにもこの枠組みは有効だったと思います。また、幽霊が出てくるところは常に赤い糸が天井から垂れて来て、台詞や音楽で気付かない超鈍い人にも通じるように考慮されていました。この岩田さんの演出は2回目ですが、悪くないです。私がイラッとする「リブレットの一部に拘泥して全体が読めてない」還元型の演出をしないのもいいですね。全体が読める人だと思います*5

さて歌手陣は、プロローグの人はいい感じだった。役柄的に短過ぎたし、シーンのバリエーションもなくてアカペラ同然だったので、もうちょい違う役で聴いてみたい。出ずっぱりの家庭教師役がちと不満で、ビブラートなのかな、それとも本当にパートがずっとメリスマで書かれてんの?ってくらい声に揺れがあって、どうも慣れなかった。それが本当にこの役の不安の表現で意図通りなのかもしれないけど。この人、オケと重ならないときは綺麗な音が聴こえてくるんで、それが不思議だった。子供たちはソロで歌う箇所が少ないんだけど、二人一緒に歌うときいつも音がビンビンと来てて、ソロのとき注意してるとマイルズの方だったのかなと思う。まだまだ安定してないけど面白いと思った。クイントは、役に相応しい存在感があったと思う。一声目は結構驚いた。ミス・ジェスルは安定してる。グロース夫人はこんなもんかと。

視覚的には、子供達を歌ったのが若いソプラノ2人で、今時の細い女の子で、他の面子は体がしっかりしてるので、文句のつけ様がないくらいピッタリだった。演技なども頑張ってた。いつも腕と足をめいっぱい使ってダッシュするマイルズがおかしい。

あと思ったのは、英語歌唱で聞き取れないとストレス溜まりますね。実はデンマークではじめてメサイアを聴いたとき歌詞が聞き取れなくてとっても焦ったのだが*6、最近日本語歌詞を何回か聴く機会があったので、日本語すら全て聞き取るのは無理なのだから英語は無理でも仕方ない、歌う方だって日本人だし、と観念して聴いた。

そうそう、演奏ですが、部分部分はそんなに悪くないのだけど、なんだか大きな変化がないなあと思った。一幕は二階正面で聴いてて、二幕になるときにホールの聴こえ方への興味もあって人のいないサイドの舞台寄りに移動して聴いたら、オケパートの解像度がぐっと上がって面白くなって、この曲はこういう風に細部がくっきりして、どのパートがどのように動いてるか分かった方が面白く聴けるのだなあと思った。ブリテンは正面よりサイドの方がいいんだろうと思った。終わった後、不思議なマーロの旋律をついつい口ずさんでいました。はっ!私も実は幽霊に操られ・・・

2011年10月16日(日) 大阪音大ザ・カレッジ・オペラハウス
2世紀オペラ・シリーズ
ベンジャミン・ブリテン「ねじの回転」プロローグと2幕
演奏 十束尚宏/ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
演出 岩田達宗
出演 プロローグ:柏原保典/家庭教師:井岡潤子/マイルズ:植田加奈子/フローラ:高山景子/グロース夫人:小西潤子/クイント:中川正宗/ミス・ジェスル:藤原未佳子

*1:ただ、小さいだけに観客が総内輪っぽくて、知り合いでもいないと休憩時間がやるせないかも。

*2:たまに頑固にも大箱になってもやり方を変えない人がいますが、客ウケしないので駆逐されてしまいます。

*3:兵庫芸文は大き過ぎるし、きめ細やかな音響デザイナーもいないので、私は正面と4階には座らないことにしています。超入手困難チケットの場合は席が選べないので仕方なく座りますが本当に渋々です。

*4:ここは新しい敷地に潤沢な予算で何も制約がないのに、この大きさを選んだ。そんなところが大好きなのさ。

*5:そんなん当たり前だと思うかもしれないけど、いないんだよ意外と。

*6:だって英語のリスニング・コンプレックスひどいから英語で聞き取れないとストレス溜まるもん。そして私はドイツ語が聞き取れて当たり前レベルに出来なくて、逆にドイツ語作品の鑑賞には良かったのかもと思ったりした。歌う方だってちゃんと歌ってるとは限らんし、分かる単語が部分的にあるが全部聞き取れて当然ではない初学者レベルが鑑賞には丁度良いかもしれない。