多面舞台に関する補記@オペラファンがオペラハウス建設に反対する12の理由

オペラファンがオペラハウス建設に反対する12の理由
http://d.hatena.ne.jp/starboard/20111009

における多面舞台の記述が大雑把過ぎたので、補記します。このエントリと同時に、12の理由本文にも加えておきます。背景も含めて知りたい方は本文をご覧下さい。

反対理由1/建替後も、世界水準のオペラは出来ない

建替後には、二千席強ある二階建ての現在の客席構造を保ったまま、舞台部分を大幅に拡張して、高さ27m、奥行20mの舞台を備えたホールが出来るとされています。ちなみに現在の舞台は、高さ6〜9.5m*1、奥行12mです。今の規模の2〜3倍くらいと思ってください。

この舞台高さと奥行きは、前述した通り、「世界水準のオペラとバレエ」を上演するために必要という理由で決まりました。

そして、市の文書によると、「世界水準のオペラ」とは、「ミラノ・スカラ座、英国ロイヤルオペラ、フィレンツェ歌劇場、メトロポリタンオペラ、ベルリン歌劇場、パリ・オペラ座及びウィーン国立歌劇場など」いわゆる海外有名歌劇場の引越し公演を指しています。

オペラファンの皆さんなら、これらの規模の引越し公演には「多面舞台」が必要なのは当然ご存知でしょう。多面舞台を備えたホールというのは、舞台のために客席部分と同等以上の面積が必要です。敷地の使い方から全く違うのです。そして、建替後のホールは、メイン舞台しか予定されていません。この時点で世界水準のオペラを上演することが不可能なのは決まっています。

多面舞台は必須か?東京の例

まず「多面舞台」とは、元々はレパートリー方式*2の劇場が日替わりで演目を変えるために、組み上がったセットをそっくりそのまま置いておくための劇場の建築様式のことです。新国立劇場(4面)、びわ湖(4面)、兵庫芸文(4面)、愛知芸文(3面半)は多面舞台を備えるホールです。演出によっては、一演目で多面舞台を使う場合もあります*3

そして「多面舞台」が、「世界水準のオペラ*4」に必須かと言うと、厳密に言うと東京では必要ではありません。

東京でこれらのオペラを上演するとなれば、NHKホール、東京文化会館神奈川県民ホールですが、実は、いずれも多面舞台のあるホールではありません。NHKホールはともかく、東京文化会館神奈川県民ホール(大ホール)が多面舞台でないというのはオペラファンでも意外だという人が多いのではないでしょうか。

東京文化会館神奈川県民ホールは、片袖にメイン舞台と同等の床面積を持つホールです。「その片袖部分に柱が入っている=舞台をそっくりそのまま水平移動出来ない=だから分類上は多面舞台でない」そうです。もちろん、セット全体をそっくりそのまま移動出来ないだけで、床面積はあるので、分割移動すれば、複数の演目分のセットを置くことは可能だと思われます。神奈川県民ホールでレパートリー上演した例は私は知りませんが、今年のボローニャ歌劇場の例では東京文化会館日替わりで複数の演目を上演しています*5NHKホールは平面図を見ていないのではっきりとは分かりませんが、元々メイン舞台が大きい上に、サイド舞台がメインの160%、バックステージが40%弱の面積あるそうなので、これら2つのホールと同等以上に充実しているのでしょう。

一方、計画中の京都会館は、敷地の関係から、片袖にメイン舞台と同等の床面積どころか、メイン舞台の上演に最低限必要な数メートルの両袖がやっとの状態です*6

また、東京のホールでは、ひとつの歌劇場が複数のホールを使って上演することは珍しくない・・・どころか、有名歌劇場の場合はそれが普通です。NHKホールと東京文化会館の両方を使って、2つの演目を日替わりで上演するパターンが定番で、さらに一演目の初日だけを神奈川県民ホールで済ませてから都内に持ち込む場合もあります。東京では一演目を3〜5日上演するだけの市場があり、都内にスタッフが宿泊して日替わりで違う会場に通うのに無理がないこと、NHKホールのキャパ(3601席)が優先され、次候補として東京文化会館があると言われています。

神奈川県民ホールで初日を行うのは、こちらの使用料が東京文化会館より安く、リハーサルに必要な日数をその使用料で済ませたいためだそうです。また、関西公演がある場合は関西で初日を迎えるスケジュールにするのも同じ理由とのこと*7 *8

それでも多面舞台が必要/関西の場合

はい、長かったですね、これでやっと関西の話が出来ます。

以上のように、東京で有名歌劇場の来日公演を行うにあたって多面舞台は必須ではありませんが、関西では必須です。何故なら、関西は1演目で2日集客するだけのオペラ人口が無いと考えられていて、それでもスタッフやセットを伴って移動して公演を打つ以上、最低2日分の稼ぎは欲しいので、2演目を1日ずつ上演することが定番化しているからです。来日団体側に、東京のように1演目を複数の会場で行う動機がありません。そもそも、座席数が同等以上で、多面舞台があって2演目が一会場で準備可能で、設備からスタッフから全てオペラに特化したホールが他にあるのに、わざわざ1演目しかかけられないホールで上演する理由があるでしょうか。

さらに、上記ホールとの差として、楽屋の広さと数も挙げておきます。これは実際に有名歌劇場の来日公演を受け入れている劇場のスタッフの方が真っ先に挙げていました。再整備計画では、オペラ上演に関わる人数を全く把握しておらず、これまでのポピュラーミュージックの経験に少しプラスしただけで出来ると考えている節があります。

もちろん、施設に多少無理があっても、会場使用料を破格にしたり無料にしたり、さらに助成金を付けるなどすれば、一度二度だけ引っ張って来ることなら出来なくはないでしょう。演出を選んでセットを簡素なものに限定すれば、全く無理なわけではありません。そもそもオペラはどこでも出来るのですから。

しかし、それなら今の京都会館だって出来るわけです。何のための建替かと言いたくなるわけです。興行的に選ばれて長期継続して使ってもらえる会場にならないことは、この段階で分かっているのですから。

もうひとつの来日公演/国内数十会場を巡回するロシアや東欧の劇場

ここまで長く書いたので、ついでに細かいことも挙げておきます。実は、オペラの来日公演といえば、上記に挙げた有名歌劇場だけでなく、国内数十会場を巡回するロシアや東欧などの劇場が行う比較的小規模の公演があります。こちらは大小様々なホールを巡回する都合上セットはかなり簡素で小さめで、びわ湖や兵庫芸文で見ると、舞台に対してセットが小さいので逆に視覚的に寂しい印象になるほどです。

こちらなら一会場一演目のパターンもあり、計画中のホールで上演可能です。もっとも、こちらは逆に、普通のよくある多目的ホールで上演可能で、つまり今の京都会館を前提に改修すれば充分なので、これらの公演のために建替えが必要になるようなものではないです。

なお、チケット代は、上に挙げた有名歌劇場が4〜7万円に対し*9、この手の劇場なら数千円〜2万円以下と、他の舞台芸術と同水準の料金で買えます。この方が市民的にはよっぽど意味があることでしょう。

けど、このカテゴリの公演は数がすごい減っていて、今年来日分は、予定されていた劇場数が4でしたっけ。日本全体で年間にたった4団体です。これらのために建替をするようなものではありません。正直これらの比較的小規模の来日公演を想定するくらいなら国内団体のオペラ公演の方がよっぽど頻繁にあるわけですが、それら国内団体用としても配慮がないのは本文に書いた通りです。

オペラは口実にされただけ/建て逃げを警戒しろ

そもそも、私が再整備計画を読んだところによると、これはオペラの可能なホールが欲しくて出来た計画ではありません。どうやったら工事の規模を大きく出来るか、そのための口実は何か、という発想からオペラが狙われたのです。オペラは舞台芸術の中で一番規模が大きいジャンルなので、残念ながらこの手の思惑に巻き込まれる事例が多いのです。それを知っていたので第一報から警戒しました。

MICEも同様だと思います。経済活性化とか地元の商売が潤うとか言って税金を使って工事して、後は建て逃げです。地元の方はよく注意して頂きたいです。赤字施設となった後、どうしようもないので民間に売却、隣に何が出来ても仕方が無いという未来になり兼ねないです。京都会館だけじゃありません。MICEに狙われている一帯にその危険があります。先進国でMICEが長期的に成立するかよく考えた方がいいです*10

お願い

私はオペラファンとしては新参なので、あまりに昔の事例や、記念公演など特有の事情があるレア事例まではフォロー出来ていません。あくまで現代の一般的な興行公演を対象にした話としてお読みください。

他にもお気付きの点がありましたら、コメントやメールでお知らせ下さい。この補記も、ご迷惑をおかけするといけないので個別にはお名前を挙げませんが、ホール建築の専門家や現役ホールスタッフの皆様からアドバイスを頂いて書きました。ご指摘頂いたみなさま有難うございました。なにか気になる点があれば、どんな些細なことでもご指摘ください。

*1:奥に行くほど低くなる構造。

*2:対義語はスタジオーネ方式。一演目を連続して上演するのがスタジオーネ方式、複数の演目を交替で上演するのがレパートリー方式。

*3:もっとも、来日公演の場合は舞台セットをそのまま本国から輸送しますので、一演目で多面舞台を使うような演出は避けると思います。

*4:ここでは上記歌劇場のオペラを指す。私としては大いに意義があるが、この文脈では所謂ブランド歌劇場のことを言うことにして話を進める。

*5:もっとも、ボローニャの舞台セットはかなり簡素だったようですが。

*6:もちろん敷地計画を大幅に変更すれば解決しますが、それこそが反対理由11で注意を喚起した事態です。

*7:だから関西で聴こうと思うと、必然的にプレミエを聴く羽目になるんですねえ。個人的には、こなれて安定してから聴きたいので、これは不満要素です。

*8:とはいえ、先日の清教徒のようにプレミエが熱い公演もあるので、気を取り直したいものです。それに関西に来てくれるだけでも高ポイントなので、もうこの際プレミエだろうがセットが簡素化されようが文句言えません。

*9:最安席が1.5〜2万円くらいからありますが(関西の場合)、これは有料会員になって、さらに発売日に会社を休んで備える勢いでないと入手出来ないので一般市民には関係ないです。一般市民が思いついたときに普通に買えるのは上記価格帯でしょう。だから近くにホールが出来ようが隣の県にあろうが殆どの人には関係ないです。

*10:国が推奨しているので大丈夫なんて騙されないでくださいね、原発だって国が推奨したのですから。