トゥーラントッド@びわ湖ホール2009

話は遡って1週間前のことです。この日、声楽アンサンブルを聴きにびわ湖ホールに来ていました。

びわ湖ホールには過去の公演を視聴出来るオーディオブースがあって、実はずっと前から過去の公演のビデオを観たくて狙っていたのですが、公演のときにしか来ないので、そして公演を観た後は満足しきって真っ直ぐ帰ってしまうので、なかなか観る機会がなかったのでした。今日は、とある事情で公演終了後に受付に寄って少しの時間待つ展開になったので、そして待っている間にビデオブースに人がいるのが目に入り、ひょっとして今日はチャンスかもと思いついてリストをチェックしてみたところ、閉館までの間に観れそうな作品があるのが分かって、そこで選んだのがこの日の公演です。

びわ湖ホールプロデュースオペラ
プッチーニ作曲 歌劇「トゥーランドット」(全3幕)
2009年3月14日(土)
指揮:沼尻竜典
演出:粟國淳
トゥーランドット姫]並河寿美
[アルトゥム皇帝]田口興輔
[ティムール]佐藤泰弘
[カラフ]福井敬
[リュー]高橋薫
合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団
児童合唱:大津児童合唱団
管弦楽京都市交響楽団

この頃は、ダブルキャストで2回ステージがあって、両日とも映像を残していたのですね。私が観るようになってからは2回ステージがあっても、どちらか1日しか残さなくなっていましたから、また残すようにしてくれないかなー。固定カメラでもいいので。

でね、この公演、勢いがあって、すっごく良かったです。このDVD販売したらいいのに。その辺の名前ばかりのかったるい映像より全然いいと思うんですが。

衣装も進行もデティールも中華で、ドラマとしてはある意味すごくオーソドックスなんだけど、その背景とか照明などのテイストがSFなトゥーランドットでした。

幕が開くと、ガンメタリックというのか、この演出家チームお馴染みの色調でとても綺麗にデザインされデフォルメされた工場の様子が目に入ります。SFチックな、基盤パターンをデザインした造形や、実物を見たことはないが戦闘もの・SFもののフィクションでお馴染みの八角形のドア(どっかにはあるのか)が効果的に使われます。人民はこのSF化され、なにもかも機械化された世界で働いている模様です。

SF調が、単に背景としてだけでなく、物語の説明に効果的に使われていまして、例えばトゥーランドットが一瞬姿を見せるシーンでは、白い無機質な光に白く光り輝く姫が見えて、これは有無を言わせず神々しくて何もかも違う印象を与えます。これなら、どんなソプラノがやっても大丈夫。例のSF調八角形の扉が一瞬開いて、姿が一瞬見えてすぐに閉まってしまうところも、とても自然で効果的です。機械の中で働く人民やカラフ達、こちら側の人間達と、神々しい白い光の向うの王や姫との対比も見事です。

のっけからすごい勢いがあって、はじまってすぐ引き込まれて、釘付けになってしまいました。今年の3月にも感じた「特別」が、ここにもありました。何故こうも違うんでしょう。こういう日は、はじまった瞬間から、なにもかも違うんですよ!「特別」の日のあの感じが、録音になってもこんなに感じられるように残っているなんて素晴らしい!

そして冒頭のリューの説得の歌はすごく良かった、気持ちが真っ直ぐに入ってきて、全然どんな声だったか覚えてない(褒めてます)。カラフも強くて男らしいカラフです。


2幕、ピンポンパンの場面はすごく面白い、面白いと同時に聞き惚れてしまう。声の調子とか、音域の異なる声が次々と切り替わっていくとことか。これって、演奏がいいの?曲がいいの?これまでに聴いたプッチーニとも全然違う。すごい求心力。帰ったらトゥーランドットの音源を色々聴いてみようと思いました。

そして姫の登場。やっぱりすごい!!並河さんのトゥーランドット! すごい透明感、リンと張った音!!空気が一瞬にして変わる!!!ものすごい!ちょっと!このビデオ家に欲しい!!!

いやートゥーランドットはこれまで聞いた中で一番合ってるんじゃない?大きく張った音から弱音に着地させるとこなどに課題が全く無くはないけど*1、それにしてもすごい!

トゥーランドットが冷たい理由は「処女の恐怖」と言われていますが、とか書きながら実はそれがメジャーな説なのか確信ないんだけど、まあ私的にしっくり来るのはそれなんです。それで、実はこの映像選んだときは、後半の変化には期待してたんだけど、前半そこまで期待してなかったのね。「氷のように冷たい姫」らしいんで、そう歌うんだろうと思ってたから。ところが処女の恐怖がちゃんと表現されてるんです。これは驚き。すごい期待外し。もちろん良い方向に。

うーむ、この後に出てくると、福井カラフはワンパターンに聴こえちゃって仕方ないなあ。そういえば、前回はこの組み合わせでは見ていないのだった。聴かせどころはしっかりしてるし、いかにもイタオペ的パッションも(やり過ぎて嫌らしくならない範囲で)ちゃんとあるし、歌唱のテクニック的な意味での細部もなかなかなのだが*2、やっぱ表現の幅がワンパターンなのはいかんともしがたいな。しかし、アリアを待ち構えているような客にはとってもいい・・・というか丁度いいんだと思う。カラフだしそういう押せ押せのワンパターンなのもキャラクターの一環ということで。

続いてピンポンぱんの見せ場。面白い面白い。ピンがすごくいい声。

リューが出てくると一気にまた空気が持っていかれてしまいます。speranza(希望)のとこに感じたニュアンスがすごい。すごいー。満足ー。


オケの響きは、現代音楽みたい。これ言うと逆の意味にとる人がいるかもしれないけど、私にとっては褒め文脈です。夢のような音。純サウンド効果を狙って書かれた絶対音楽のような効果を感じる。すごい。何がすごいって、全く予期出来なかった方向にすごいのがすごい。こういう発見があるっていいなあ。びわ湖ホールの視聴ブースなので再生環境はよろしくなかったので、いつかちゃんと聴きたいなあ。誰か放送音源などお持ちではありませんか。


トゥーランドットの戸惑いから最後の懇願、もう揺れ々々です。実によろしい。こうあるべきですよねえ。

カラフの「永遠の口づけ」のところは、もうちょっとなんとかして欲しいなあ。つまりワンパターンだと。

トゥーランドットが口づけで落ちたのはよく分かる。あったかくて、安心したんだよね。恐れていたものが。


いやーすごかったですね。ものすごく引き込まれて、一気に見てしまいました。これ、ちゃんと字幕付けてインターナショナルリリースしたらいいのに。びわ湖ホールの公演は、やっぱ特別があると思う。DKTが好きな人にはお薦め。コペハンリングとか、DKTの古い映像とかと共通の魅力があると思う。ああいう種類の、なんか不思議で、予想外の連続で、とにかく惹き付けられて目が離せなくなるような種類の魅力。ああいう種類の良さを感じられる人にはお薦め。あと、もうひとつ思うのは、沼尻さんて、本人がやりたがってるというワーグナーよりイタものの方が全然いいと思うのだが*3

うーむ・・・ドイツから高名な演出家を呼んでやる公演より、日本人チームでやるこういう公演の方がずっといいなあ。今度の3月はどうなるだろう。

前々から思ってたんだけど、日本のオペラ(ただし新国を除く)ってデンマークと似てるよね。歌手もテイストも。オペラ聴くようになって最初の頃、なんとなく情報に流されて来日公演とか外国人歌手の公演とかばっか観てて、そもそもその頃は関西でこういう公演あるって知らなかったし、ネットで話題になるのって来日ものか東京の公演ばっかだからそれ先に観に行って、こんなもんかなーって思ってて、後からこういうの観るようになって、こっちの方が全然いいじゃないと思ったのだった。

たぶん私が重視してる良さは、チームとしての一体感とか、公演を作り上げるプロセスを通して歌手や奏者の理解が深まった結果とすごく密接に関係してる、そういう性質のものなんだと思う。だから、コミュニケーションがすごく大切で、どっちかというとドメスティックなチームが作ったものが良いと感じがちなんだと思う。そういう必然性があるんじゃないかな。今思いついたばかりだけど。

あとあれだなあ、日本人歌手って大声大会向きじゃないけど肌理細やかな表現に向いてるんだと思う。そこがデンマークと共通の印象を与えるんだろうなあ。

しかしこれ、テレビ放送かラジオ放送は無かったのでしょうか。どなたか音源をお持ちの方がいたらシェアしてください。熱烈希望です!

*1:これは決して水準以下という意味ではなく、完璧に近いからこそ気がつくポイントで、これを言い出したら、逆にかなりパーフェクトに近い証拠というか・・・全体に課題ありまくりなら、声楽のトレーナーでもない素人にはどこがどうなってんだか分からないけど、パーフェクトに近づいてはじめて、そうでないところが素人耳にもはっきりするというか・・・つまり、そういうことなんです!あとここがって言い始めたら、それはかなり「出来上がり」に近づいてるんですよ!

*2:私はなかなかこの評価出さないので、これだけでも貴重である。

*3:いや、別の理由かな。まあ私はドイツ人によるドイツものの演奏がそもそも好きじゃないので、そもそもこの件について言及する権利ないのかもしれないけど。