京都会館改築計画を問う「美と調和」の破壊/東京新聞

東京新聞 2012年10月9日
京都会館改築計画を問う 「美と調和」の破壊 松隈洋

 私たちは身近な生活空間を形づくってきた私たちの時代の建築をどのような形で共有し、明日へとつなげることができるのか。古都・京都でそのことにかかわる保存問題が正念場を迎えている。

 「京都会館」は、一九六〇年、京都の戦後復興の象徴として、平安神宮のある緑豊かな岡崎公園に建てられた複合文化施設である。「神奈川県立音楽堂」や「東京文化会館」を手がけた前川國男(一九〇五〜八六年)の代表作として知られ、日本建築学会賞を受賞、日本を代表するモダニズム建築百選にも選ばれた。ところが昨年六月、京都市は突如「建物価値の継承」と謳いつつ、「舞台機能の向上」を理由に建物の過半を占める二千席の第一ホールをすべて取り壊し、高さ三十メートルの巨大な舞台を持つ劇場に改築する計画を発表したのである。

 日本建築学会や京都弁護士会などから市に保存要望書が提出され、地元の市民や建築家を中心に保存運動も展開された。しかし、方針は何ら変更されることなく今年六月に基本設計が完了、九月から解体工事が始まった。

 竣工から五十年、最低限のメンテナンスで運営されてきた建物に改修が必要なのは当然だろう。だが、その計画は専門家による検討作業も市民を交えた開かれた議論もなく決定され、本来、喜びをもって迎えられるはずの文化施設にもかかわらず、模型すら一般公開されていない。このままでは、建築としての全体性ばかりか、建物が守ってきた静かな周囲の景観まで大きく損なわれてしまう。

 何より残念なのは、機能向上を優先させたがために、前川と当時の市の担当者が精力を注いで実現させようとした開かれた公共空間が致命的に失われることだ。空間は周囲の景観と調和し、人々のよりどころとなっていた。なぜこのような無謀な計画が進んでしまうのか。そこに欠落しているのは、私たちの生活空間を形づくってきたモダニズム建築への想像力である。

 モダニズム建築は、鉄、ガラス、コンクリートなど工業・化された材料によって、生活空間を機能的で合理的な形で再編成しようと二十世紀初頭に始まった。それらは、木造やレンガの建築以上に私たちの暮らしそのものの基底をなし、今も同じ枠組みで建築も都市も作られている。にもかかわらず、現代と地続きであるために意識されにくい。しかし、より良い環境を築く明日への手がかりはその蓄積の中にしかないのだ。

 赤レンガの東京駅が修復を終える中、より身近なモダニズム建築が人知れず壊される事態に私たちは自覚的になる必要がある。このまま推移すれば、文化財指定を受けたわずかな例外を除いて、私たちの時代の建築はすべて姿を消してしまうだろう。

 京都会館には、八月末に大きな動きがあった。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)の二十世紀遺産に関する国際学術委員会が、日本の近代建築に対して初となる異例の意見書を京都市長に出したのだ。その内容は、京都会館が前川の「最も重要な作品」かつ「日本で最も重要な近代建築の一つ」であり「大切に保存されるべき文化遺産」であること、にもかかわらず今回の計画がその「美と調和」を破壊すること−を指摘し、このままでは「警告」を発することになるとして、市に計画の再考を求めるというものである。

 日本イコモス国内委員会も検討を始めた。京都市は世界が認めた建築の価値を尊重する計画修正に踏み出すことができるだろうか。これは、ひとつのモダニズム建築をめぐる問題ではない。環境は誰のものなのか、 私たちの時代の建築をどう守り育て明日を築くのか、というより根源的な問いへとつながっている。

(まつくま・ひろし=京都工芸繊維大学教授)

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