ソプラノが苦手な理由

なぜかソプラノパート聞いてると苦しくなることがあって、ちょっと苦手。最初は、歌手が無理してるからそれが伝わって苦しくなるのかなと思ったのですが、どうも違うようで。もちろん苦しそうだったら聞いてる方もそうなるんですけど、かなり余裕で歌ってるときでもなるんですよね。

それで、どういうときになるか観察した結果、どうも自分の出せない音域に対して反応しているのではないかという結論に暫定的に達しました。別に聞きながら声を出すわけでもなんでもないのにそんな反応を示すとは、摩訶不思議で仕方ありません。

でも、そういえば似たような経験があるんですよ。3Dの女の子が踊る画面とか見てて*1、ダンスが自分でしてもおかしくない自然なものだと気に入って、そうでないものはなんとなく好きになれなかったりとか。別に見ながら体を動かすわけでもなんでもないのに、無意識にそういう判断をしているみたいです。

コンピュータで3Dモデルを動かすってことは、よっぽど作る人に身体感覚がないと人間がして自然なダンスにはならないわけで。もちろん人間の代替を求めているわけじゃなくて、コンピュータならではの世界ですからそれでよいし、そもそも自然なだけが価値でもないんですが。とにかく、自分がどういう基準で気に入ったりしっくり来なかったりしてるか解体すると、自分がして自然かどうかで判断していたんです。

うーん。こういう風に自分の感覚を再認識させられるって興味深いです。


そういえば、低い方は聞いててもなりません。きっと高い音を出そうとして苦しかった経験はあるけどその逆の経験はあまりないから、低い音と苦しい感覚が自分の中で結びついていないからじゃないかな。高い音も、自分が出せるかどうか微妙なラインの方がよく反応して、突き抜けて高い音に対しては反応しないんじゃないかな。

*1:オタクですいませんすいません。