ギリシア悲劇とメンデルスゾーンの劇付随音楽

さてメンデルスゾーン作曲・劇付随音楽アンティゴネをレポしましたが、積聴ディスクにはあと2枚、メンデルスゾーンの劇付随音楽があるのでした。つまりメンデルスゾーンオイディプス3部作の全てを手がけているということですな。残り2作については岩波文庫をゲットして積読していたので、先にそちらを読んでみることとしました。ところが解説を読んだだけで、興味深いことを発見しました。その発見とは・・・・

メンデルスゾーン・アンティゴネレポより

まず合唱がいい!ああハーモニー。中くらいの高さ、高くもなく低くもなく、目線の高さくらいのところを、これまた大河でもなく小川でもない普通の都市を流れる中くらいの河が、目立つ緩急も無く普通のテンポで流れていきます。音量もあんまり大小せず一定のところを保っていて、極端過ぎるくらいにレンジを上げ下げする先日のパッパーノ・ヴェルレクとは正反対の個性です*1。なにもかも中途半端みたいな、微妙な表現をしてしまいましたが、褒めてます!!この音楽においては、緊張感や感情の高まりを表す役目は器楽パートに割り当てられていて、合唱パートはそれとは距離を保って流れているのです。なんとも不思議だけど心地良い個性です。

バスパートも合唱と同様で、あまり劇的にはならず、劇の進行とは距離を置いて構成されています。合唱が背景を作っているとしたら、バスパートの役割はよく抑制されたナレーターです。その前で台詞とオケがドラマを構成しているのです。

この形式の由来が分かったことでした。メンデルスゾーンは、なにも独断と思いつきでこんなことをしていたわけじゃなかったんですねえ。


文庫の解説から関連事項を抜き出すと

  • ギリシア悲劇の様式として、台詞によって対話が行われドラマが進行する、今日の我々が馴染んでいる劇進行形式の本編と別に、合唱隊(コロス)による斉唱があり、対話と合唱が交互に繰り返されて劇が進行する。
  • 台詞を語る俳優がいる舞台と別に、合唱隊のいる場所があり、これが円形の踊り場(オルケストラ*2)である。
  • 対話部分は日常会話に比較的近い文体で構成されるが、合唱の文体は複雑な韻律の組合せとドリス風言語*3を多用する古い伝統を受け継いだ形式である。
  • さらに合唱歌は、ストロペー(正旋舞歌)とアンティストロペー(対旋舞歌)と呼ばれる同形式の歌の一対ずつの組合せからなり、この正歌と対歌のセンテンス毎に厳密な韻律上の対応がある。
  • 対話の部分に参加するのは、台詞を述べる俳優と合唱隊(コロス)の長である。また一部、俳優と合唱隊が交互に歌うコンモスと呼ばれるパートもある。
    • バスパートの役割は、このコロスの長と推測される。 ← 嘘でした。別にコロスの長役の俳優がいました。自分で書いといて忘れてました。

この様式を踏まえているから、あの形式となったわけですね。この発見はエキサイティングでした*4。注意深い聴き手なら、正歌と対歌の表現も音楽に反映されていることに気が付いたでしょうが、私は気が付かなかったです。これを念頭にメンデルスゾーンの3部作を聴いてみると、また発見がありそうです。

*1:ヴェルレクと比べるのは無謀だと思います。

*2:オーケストラの語源。

*3:ドリスはギリシアの一地方

*4:自分の耳にイマイチ自信がない人間としては、先入観無しで聴いて自分が感じたことが、こういう形で裏付けられると、ちょっと自信が付くわけです。そして音楽の教科書やディスクの解説で見つけたのではなく、そうでないところから発見したというのが嬉しいわけです。ビバ岩波文庫数百円分でゲット出来る至福。