ブラナーと私

魔笛について書く前にケネス・ブラナーと私について書いておかねばなるまい。

ケネス・ブラナーを知ったのは、映画「から騒ぎ」の公開時でした。どちらかというと、(映画)俳優として*1よりは監督として好きな人でありまして、監督作品はチェックしていますが、出演作品はあまり追いかけていません。

ブラナーは私の好きな監督の中で一番「人前で口に出しても大丈夫」な人でして、つまりそれ以外は、言っても通じないか、たまに通じたら趣味がおかしいと思われるかのどっちかなんですけど*2 *3、まあそういうわけで人前で話題にすることが多い監督さんです。

映画監督には、監督を意識させる監督とそうでない監督がいると思うのですが、ブラナーは前者です。それも、いつもカラーが決まっていて○○監督といえばこの路線という規定路線が無くて、いろんな路線に手を出す割には、蓋を開けるとしっかりブラナーカラーという、そういうタイプの監督ですね。依頼作品が多いのも関係してるのかな。魔笛もオペラ普及団体の依頼に応じて作られた作品だし。


ブラナー映画の特徴、というか私がブラナー映画で評価してるポイントをひとつ挙げると、娯楽作品としてのバランス感覚です。古典なんかを取り上げる人にありがちな突出したところが無いところです。私はこれがあると覚めちゃって駄目なんですよ。なので、古典で有名な映像作品で好きなものってまず無いんですよ。古典好きなだけに。なんか、観てて恥ずかしくて居たたまれなくなっちゃうので。おふざけとか悪ノリの行き過ぎは大好物なんですけどね*4

そしてバランス感覚の続きですが、作品全体に流れるリズムも、実はめちゃくちゃ凝ってる映像も、それぞれが主張せずにさらっと流れていくところがいいです。そんだけやったら強調したくなるやろーって場面を詰め込んで惜しげもなくさらさらと流してしまう。そんな無駄遣いが好きです。

ただ、あまりにもさらさらと流れていくので、なんかある筈だと待ち構えて観ている人にとっては、終わるまで期待したものが何も無いので、え?一体なんだったの?と思うみたいです。


ブラナーといえば、監督・脚本・主演3本立てのシェイクスピア映画ですが*5、ブラナーのシェイクスピアはとにかく楽しくてノれる。シェイクスピアのリズムがある。悲劇だろうが史劇だろうがこれは共通。さすが演劇出身と思うところです。そして映画ならではの面白いところは、カット割とか場面転換も含めてコントロールされてこのリズムにのっているところだと思います。

さらにブラナーのシェイクスピアで特筆しておくべきことは、シェイクスピアが当たり前のように大衆娯楽として扱われていること。ありがちな啓蒙スタンス、「シェイクスピアって難しいって言われてるけど実は楽しいんだよ」というスタンスでは無く、最初から当たり前に普通に娯楽として組み立てられているところです。啓蒙スタンスを前提にした「あの難しいシェイクスピアをこんな斬新な設定に!」とか「こんなに分かりやすく!」みたいなのはどうもね。でもこれ難しいんですよね。だって、こう思ってる私にしてからが、この文章で啓蒙スタンスのことを引き合いに出しちゃいましたからね。一回そこを経由しないと扱えない存在になっちゃってるんですよね。こういう状況の中で、当時の人がそうして楽しんだであろう娯楽作品にして*6、しかも大衆娯楽として成立させている、そう言って差し支えないようなメジャー度を保っているのは、ブラナーのすごいところだと思います。

しかしここが、上で言ったことの繰り返しになりますけど、観る人によっては、「なにかある」と思って最後まで観てみたけど結局何もない凡庸な映画、みたいな評価になるところでもあり。アンチの多い監督でもありますね。私から見るとブラナーはシャイでロマンチストであんな有名監督なのに中身が普通の人過ぎるとしか思えないのですが、これが俺が俺がというタイプに見える人もいらっしゃるそうで、同じものを見てこれなんだから人の評価なんて充てにならないよなあ、という教訓の材料にしてます。


監督作品として一番お薦めなのは、結局「から騒ぎ(1993)」ですかね。オペラを聴く人なら「ハムレット(1996)」もいけるかもしれません。逆にオペラ趣味者が手を出してはいけないのはミュージカル仕立ての「恋の骨折り損(2000)」です。なんだか古い作品ばかりですね。ま、新しいのは、明日以降「魔笛(2006)」の話をたっぷりする予定ですから。

個人的には「ピーターズ・フレンズ(1992)」好きなんですけど。イギリスの曇り空が綺麗に撮れてるので。魔笛の脚本のスティーヴン・フライがスマートだった頃の姿を拝めます(笑)。ちなみに、映画をストーリーで観る人は観ない方がいいと思います。

現代劇の俳優としてのブラナーは、器用ではあるけど、俳優としての求心力に欠けるというか。あえて1本挙げるならワイルド・ワイルド・ウエスト(1999)のラブレス博士がいいです*7。お間抜けな敵役キャラ系統はよくやってますがハマると思います。どう転んでも美男ではなく、かといって顔に凄みがあるわけでもなく、ただのコロコロとしたおじさんなので、シリアスな役は結構無理があります。そこを演技力となりきり力で押し切ってるのは毎度頭が下がります。最近は、誰にやらせるか難しい役を引き受けるポジションに落ち着きつつあるような気がします。個人的に好きなのは、ピーターズ・フレンズの泣き上戸とかセレブリティ(1998)のウディ・アレンパロディなどの情け無い男路線です。

*1:舞台俳優としては縁がなかったので白紙評価です。一回くらいは観てみたいなあと思うんですが。

*2:実際おかしいので仕方無いんですが。

*3:もうひとつ別系統として、この人を出したらあまりにも典型的なミニシアター映画ファンみたいで恥ずかしいので言えないというパターンがありまして、サブカル趣味者の自意識バトルって面倒くさいんですよ・・・・

*4:こっちのが居たたまれない人が多いと思う。

*5:最近このパターンないので寂しい。なんとなく監督と主演を同時にやることはもう無い予感がする。せめてリチャード3世を撮ってからにして欲しかった。

*6:そのためには、シェイクスピアも現代の大衆文化も、両方すごくよく理解していないと出来ない。

*7:またよりによってラジー賞作品を薦める。