奥が深い症候群

毎度お世話になっているid:wagnerianchanさんのところのコメント欄に書いた内容ですが、こっちにもメモしておきたくなったので、多少加筆しつつ、メモしときます。

http://d.hatena.ne.jp/wagnerianchan/20100403#c1270736102

私は指輪って最後まで何にもしてなくて、唯一力らしい力を発揮していたのはアルベリヒのところにあったときだけだと思うんです。ただ手に入れるだけでは駄目で、もともと「愛を断念した者」にしか使えない存在だったんじゃないかな。本人は何にもしてないのに、その噂だけで周囲が勝手に惑わされていく絶世の美女みたいな存在ですね。その共同幻想っぽいところが貨幣(=資本主義の源=>リングの表テーマ)に似ているかもしれません。

共同幻想に惑わされるリングの登場人物って、設定はともかく感情的にはごく普通の人々ですね。時代設定が野蛮なせいで野蛮な行動をしますが、数世代遡ったら我々もこういう生活をしてたんだろうなあと思うような姿です。リングの神様って、あまりにも昔過ぎてもう何代前か分からないくらい前のご先祖様ってことじゃないかと私は思ってます。日本人過ぎる解釈ですかね?

それはともかく、こういう共同幻想を打ち砕くには、観念でなく本能で生きている馬鹿者が必要です。私は異様にジークフリートが気に入っているので、ちょっとここに比重をかけて見過ぎかもしれませんが、ワーグナーがこの物語を「英雄の死」から構想したことを念頭に置けば、もうちょっと突っ込んだ解釈が出来るんじゃないですかね。歴代の演出は*1、ちょっと消化不良な気がいたします。振り出しに戻るという結論そのものはいいんですが、そこに至るドラマが全然消化出来ていないので、なんとなく腑に落ちないものを見せられて、そのモヤモヤを奥が深い症候群で納得してしまっているような、そんな印象です。まあリングの場合は原作者が結末を書かなかった(書けなかった)から、それもやむなしかもしれません。しかし音楽の説得力で、みんな気分だけは納得した気になっちゃうんですよね。

文中の奥が深い症候群の元ネタは、プログラミング界隈のバッドノウハウと奥が深い症候群です。ソフトウェアがきちんと設計されていれば本来は不要なノウハウの類が蔓延してる世界があって、無駄に過去の経緯とかを知っていないと解決出来ないわけですが、そういう適切でない場当たり的な仕様ゆえに必要になる知識を「奥が深い」といって有難がったり得意がったりする精神状態があって、それゆえに一向に適切な設計に向かわない状況を指す言葉です。アートにもそういう傾向はあって、なんかよく分からない方が「奥が深い」、辻褄の合わないものに触れてもたぶんこういうことを言いたいんだろうなーと無理矢理納得してしまう、よく練られていないゆえに妙に捻った解釈や周辺知識を経由しないと理解不能になり、本来なら不要なそれらを見つけることが「奥が深い」ことになってしまう、そういう状況があいまって消化不良なものほど有難がられしまう。全体の辻褄が合っていればスルーされる部分的なそれっぽさが妙にクローズアップされて「奥が深い」と評されたりする。なんだかなあと思うわけです*2

本日は、奥が深い症候群には気をつけましょうね、というお話でした。あ、ちなみに後半はただの一般論です。

*1:もっと言えば、ドラマツルギーに影響を与えるような演出は。

*2:まあ、やってる方がそういう心理効果を想定して混乱を折込済でやってるんであれば、私には何も言うことはありません。ご商売がお上手ですねと思うだけです。