重心が下にある

別に腹のことではない(笑)。たしかに見事な下垂型であるが。

今日はトリイゾの予習として、ドイツ語を追いながら録音を聴くということをやっていた。今度こそ英語字幕すらないし、トリイゾは他の演目と比べて大幅に舞台上の動きがなくて台詞で進行するので分からないとどうしようもないところがあるので、仕方ない。こういうことをすると鑑賞という観点からはイマイチになるので、予習目的でなければやらないのだ。普段はリブレット読んで一通りの流れを掴んでおいて、音楽が流れている間は単語とかフレーズ単位で、ああいまあそこだな、くらいの理解でイメージを膨らませながら聴いていることが多い。

で本日の気が付いたことメモ。まずこうやって台詞を追うと、私には不可解な点がひとつあった。2幕でマルケ王一行が踏み込んで来てトリスタンが発する以下の台詞である。

TRISTAN
(krampfhaft heftig)
Tagsgespenster!
Morgenträume!
Täuschend und wüst!
Entschwebt! Entweicht!

まあ深く考えなくていいのかもしれないのだが、今の時点ではこれは私にとってワルキューレの"Schmecktest du mir ihn zu?"並に謎なのだ。もちろん字面が謎なのではなくて、これを発したときの人物の感情とか、リブレットの他の部分との整合性(その他で描かれている人物像に反する)という意味で謎なのだった。とりあえずまた後で考える備忘録メモ。トリイゾは謎が多いことになっているらしいが、全体を通した印象では、どちらかというと私には自然でしっくり来るものだった。ああいう内省的な表現にな馴染みがあるってことかもしれない。


もひとつ。普段はこういう聴き方をしないので、こういう風に距離を置いて聴くとやっぱり発見があって、久々に思い出したことがある。テノール全般が駄目だというジークフリート・ショック以前の状態のとき、何が駄目だったかである。これ今ははっきりこれが駄目って分かってて該当箇所もいくらでも挙げられるんだけど、言葉で書くと、なにか芯が入ってなくて、コントロールが離れてて、無駄に語尾を引き伸ばした挙句放り出すようなアレである。「声を張り上げる」に近い状態かもしれない。ここって音源付けるとよく伝わるかもしれないが、サンプルはその辺にいくらでも転がってるので、特定の人を出すのが申し訳ないくらい、よくあることである。声楽教育ではアレはいいことになっているんだろうか。それとも段々自己流で出てきちゃったり、集中力やスタミナが不足して出てしまうもんなんだろか。

で、話は戻ってジークフリート・ショックである。アナセンを初聴きしたときの感想というのが「珍しく駄目じゃない*1テノール」というものだったのは何度かここに書いたと思うが、私はこれまで、上記のことをやらないから「駄目」じゃないのだと思っていた。同時に、なにか説明の付かないものを感じていた。もっと違うなにかがあるのだ。

誰かが特定の歌手に惹かれるときにありがちなパターンとして声に惹かれるというのがあるかと思うが、そういう惹かれ方を私もしたことがあるが、アナセンに関しては実は声だけで言うと、そんなにめちゃくちゃ好きではない。他の面ですごく好きなので、いつも好きなものとセットで出てくるからパブロフの犬的に好きになっていったところはある。この人の評価に「声はいい」ってのがたまにあるが、それもよく分からなくて、私にしたら「他の部分がすごくいいのに、声は惜しい人」である。遠回りして何を言いたかったかというと「声じゃない」ということである。ただ、地の声とは別の問題として、綺麗に発声する技術はあるなあと思うことはある。常にやってるわけじゃなくて、ロールによるようだが。

元の話題に戻る。距離をとって聴いて、何が分かったかというと、彼の歌は重心がすごく低いところにあるのだ。で、その低空飛行で、ずっと掴んだまま。ふわっと高音を決めるときさえも、芯のところはこの重心を保ったままだ。その集中力とスタミナはおそろしいほどである。なるほどアスレチック・テノールとは、こういうことかと思う。こういうスタイルだから「アレ」が出てこないし、出てきそうでムズムズすることもないのだ。

ただこれ、実際聴いちゃうと「テノールでなくていいじゃん?」になりかねないので、これが一般的にいいのかどうかは保留しておく*2。ただ、彼の歌にはリリックでありながらバリトン的という、一見相反する要素があるとかねて思っていたのだが、その理由が分かった瞬間だった。ヘルデン的とも言えるかもしれない。ちなみに、ワーグナーのレパートリーをやる前は、こういう風ではなかったことを申し添えておこう。

*1:この「駄目」は「私にとって駄目」なのであって、「生理的に受け付けない」に近いものであり、一般的に駄目という意味ではない。

*2:私にとっては良かったわけだが。