トリスタンとイゾルデ@DKT/詳細版(1)

後で書くと言いつつ後に回していたトリイゾ@DKTの感想を、思い切って書いてみようと思います。

何から書こう、そうだなあ。やっぱりこの公演は私にとっては何も聴けていなくて、ただトリスタンが歌うと、鎖骨の下あたりがぎゅーっと締め付けられるように痛くなって、どんどん痛くなっていったんですよ。本当にその印象が強くて強くて。あの体験は絶対忘れられない。なんでそんなことが起こるんだろう。何故そんなことが出来るんだろう。自分に起こったことが、本当に信じられない。これは世界中どこに行っても聴けないだろうと思う。たぶん演奏する側だけがいくらうまくても成立しない種類の体験で、受け手である自分の状態もすごくオープンだったし、音楽を聴くという行為が送り手と受け手の共同作業であるならば、あの夜の私は、かつてないほどうまく聴けたのだと思う。

本当はこれだけ書いて終わりにした方が自分にとってはよほど正直なレポじゃないかと思うのですが、だから以下は全て蛇足で、このことだけが重要なのですが、以下、一応時系列に書き出してみます。


このページに舞台写真がありますので、適宜参照しながらお読みください。
http://www.kglteater.dk/Alle_forestillinger/Opera_10_11/Tristan_og_Isolde.aspx
演出自体はすごく静的なもので、特に何をするというわけではありません。ま、それがトリイゾ演出の王道なのだとも思いますが。ただし暗示が一杯あって、トリイゾの中では数少ない動きのあるシーンが暗示で示されたりするので、初めて観る人に向いているとは全く言えないし、予備知識無しで誰が観ても楽しいとか、そういう種類の舞台でもありません*1 *2

セットは3幕を通して変化がなく、プロセニウム一杯に白というか薄いグレーのタイル張りの壁があって、その手前に階段と踊り場が3階建てに設えてあります。外階段のアパートの裏側の階段と踊り場のある風景の洗練されたもの、みたいな風景が舞台の上下一杯に広がっていて、ただし、アパートの各部屋へのドアがあるべき位置に、独房を連想させるアーチ状に凹んだ空間が設けられています。下の方のいくつかの独房には王冠や金杯などの小道具が置いてあります。登場人物はみな現代の、どちらかというと質素なシンプルな服を着て現れますが、かといって特にストーリーを読み替えたものではなく、単にこの心理劇の象徴としての閉塞感を表すセットだったり、この物語の普遍性を表すための現代の格好なのだと思いました*3。私は中世の格好とかしてもらうよりこの方が全然好きなわけですが、DKTの演出傾向を見るに、デンマークの観客も大抵そうなのではないかと思います。ちなみにこのセットは反射板としてたいへんよろしいと思いました。


前奏段階では、そうですね、京響を特別好みの指揮者以外の人が振っているときの感じに似ているというか、つまり、やっぱり個々の音はすごくいいのですが、それをまとめあげるところでちと痒いところに手が届かないような感じはありました。しかしそれは演奏単独で「特別」には至っていないという贅沢系の要求でありまして、積極的に不満を持つような種類のものではないです。個々の楽器のソロは明らかに良かったです。やはり個々のパートレベルでは好みド真ん中です、ここの音は。

前奏の間にうろうろする登場人物達。水夫や黙役の男女達10名くらい。表情と動作からは諦念と閉塞感が伝わってきます。1階のメイン舞台でうろうろするイゾルデとブランゲーネ。2階の踊り場からはトリスタンとクルナヴェールが出てきて、トリスタンは大体こんな顔をしてゾルデを見つめていて、イゾルデに呼ばれて出頭するまでほぼこの調子です。イゾルデとブランゲーネは薄いパールグレーの膝上丈のシンプルなワンピース*4に黒いスパッツ姿で、またトリスタンとクルナヴェールもグレー系のシャツにパンツで、やはり薄いグレーのセットと合わせて、全体に色彩感を排して、シーンに合わせて変化する照明に色彩を集中しようとする意図が感じられました。


前奏が終わると水夫の歌ですが、やはり生クリステンセンはすごく良かった。声が超ーーー好みです。もちろん旋律の運び方も完璧好みです。理想の範囲内ということではこの人より嵌っている人はなかなかいません*5

ちなみに水夫の格好は濃いグレーの丈の短いポロシャツに綿パン、黒いニット帽で、このニット帽は普段は脱いで後ろポッケに突っ込んでて、自前のスダレ・・・ではなく坊主頭で、歌う番が来るとニット帽を取り出して被って歌うのですが、これはいいですね。ちなみに3幕の牧童も全くこのままで同一人物設定なのですが、その格好で頬杖ついたり腹ばいになったりして(というのは、水夫も牧童も3階の踊り場の高いところにずっといるので)遠くを見つめるアンニュイな生クリステンセンをたっぷり観察出来たのはこのプロダクションのいいところでした。今回一番映える格好をさせてもらってたのは水夫兼牧童のこの人じゃないかと思いました。また大作りな顔立ちに色素の薄い目が、こう、頬杖ついて口をちょっととがらして、みたいなアンニュイ似合うんですよー。っていきなりそんなマニアックな。

ただし、声量はやっぱそんなにないです。彼は声が本当によくて、一人コーラスって私は呼んでるんですが、一人で歌ってコーラスのような厚みのある音が出るし、逆にコーラスのテノールパート聴いてると、あれ?今クリステンセン歌ってる?とつい錯覚してしまうくらいなんですが*6、そんななんで録音ではすごく重宝されててディスクもいっぱいあって、録音で何度も聴くに耐える歌唱のニュアンスもクオリティもバッチシあるんですが、その割に舞台の評判がずば抜けてるわけでもなくて、なんでかなと思っていたのですが、やっぱ突き抜けた声量に恵まれないからかなーと思いました*7。しかし私にはむしろウェルカム!です。水夫と牧童はオケほとんど被らないしね。とにかく、牧童萌えとしては大満足な牧童でした。

うっ。水夫と牧童について書いただけでこんな時間。続きはまた明日。

追記/続きはこちら → トリスタンとイゾルデ@DKT/詳細版 (2)

*1:でも、そういうのを求めている人はこの演目を選ばない方がいいと思います。

*2:まあ普通のオペラ公演は大抵そう(予備知識を必要とする)なんだけど、DKTに関しては「予備知識無しで誰が観ても楽しい」が当然だったりするので、わざわざこんな断り書きをしたくなるのである。

*3:演出家に確認したわけではない。

*4:2人の色調やディティールがちょっとずつ違う。

*5:ただし、今の私は、自分の理想の外の理想を見せてもらう快楽を味わってしまったので、そちらの魅力はやはり強力なのだった。

*6:私はそんなとき、クリステンセン自身の多重撮りでセルフコーラス録音をしてみて欲しいと思うのだった。

*7:まあそんなところじゃないかと予測はしてました。