トリスタンとイゾルデ@DKT/詳細版(2)

さあ世間は新国トリイゾ一色ですよね。そんなときこそKYにマイペースにDKTレポの続き行ってみたいと思います。(1)はこちら

書くと言っても、良い公演に触れたときの常ですが、感じすぎてよく覚えていないのです。なんかね、全体の印象がフラッシュアウトして、その辺りの記憶がほのかな光を放つ快いイメージに変化してて、でも心臓が締め付けられるようだった感覚は生々しく残っていて、とにかくよく分かんないんです!あのときのことを思い出すと、まるで心に灯が点ったよう。何度でも受け取れる最高のクリスマスプレゼントです*1。ああちょっと恥ずかしいな。こういうの。そういうわけで記憶は充てにならないのでなんか違うこと書くかもしれません。


さてどこまで書いたっけ。まだ水夫が歌っただけでした。さて水夫が歌って、イゾルデの番ですが、後半のイゾルデは新国リハのために日本に旅立ったテオリン姫に変わってエヴァ・ヨハンソンです。コペンハーゲンの出身で音楽教育もそこで受けていますが、現在はドイツを中心に活躍しているソプラノで、ブリュンヒルデとイゾルデとエレクトラあたりがレパートリーです。

そうですね、この方、声は、アイシーというのでしょうか?クールで鋭い感じの声質ですが大変美しく、しかも嫌な音が混じる瞬間がまず無く、音域による声の差も極限的に無く、技術もしっかりしていて、さらに生で聴いていると決め所の音をビシ!ビシ!と毎度々々響かせていて、一般にはかなり高評価なのではないかと思います。実際後半の公演を観た人のレビューなんかでも彼女を一番に誉めているものが目に付きます。たしかに、こういう種類のすごさは分かりやすいんだろうなーと思います。

・・・・とこういう書き方になってしまうのは、それで自分が満足したかというと微妙だからでして。ちょっと話が遠回りになりますが、私はワーグナーソプラノは、どっちかというと無表情な方が好きだと思ってたんですよ。表情の変化よりも*2歌唱の粗がないことが優先だと自分としては思ってたんです。そういう意味では理想的な個性になりそうなものですが、一幕のイゾルデなんて(なまじ表情を作ろうとして叫んでしまうよりも)アイシーで無表情なのは適しているような気もしますが、どうも何か違ったんです。この公演のイゾルデは当初の発表時から変更されてまして、そのときに調べてYouTubeにあった音源を聴いた感想がこちらですが、録音でもそんな印象で、それでも実際に目の前で聴いたら音のすごさで気に入るんじゃないかと思ってたんですが、どうも乗り切れませんでした。

あまりにもフラットで、各フレーズの音を決めるところすら紋切り型過ぎるという印象でした。フラットといっても変化がないわけではなく標準以上の変化はあるのですが、それすらも紋切り型という印象を補強する方向に働いていて、うまいんだけど、それ以上ではないというか。YouTubeで聴いて頂くと、何を言いたいのか分かるのではないかと思います。ただ、これだけは言っとかなきゃなりませんが、声と歌唱技術はたいしたもんだと思いました。聴いててここまで完全に苦手成分が全く入らないソプラノは貴重です。パワーも充分です*3

見た目は赤みがかった金髪ストレートに青い目で*4、遠目にも近目にも映える大きなパーツで、体型も舞台で丁度よいくらいで、素材という意味では美しく、やっぱりアイシーでイゾルデ向きなのですが、どうも表情が、歌と一緒であまりにも紋切り型なんですよ。大体眉間にシワを寄せて目を吊り上げて怖い顔をされてます。口とあご周りは小さいんですけどねえ。あの口からよくあの音が出るもんだという。これもYouTubeまんまです。

声も姿も素材が勿体ないのですが、両方こうだと、ご本人のセンスがこうなんでしょう。まあ気に入る人は多いみたいなので、私ごときが何か言うことじゃありませんが、こんな感じでイゾルデが、大体どこ歌ってても一緒なんですよ。いや決める音はちゃんと選んでるし言葉も考えてあるんですが*5、なにか優秀な学生さんぽいというか。歌手がいるのであってイゾルデがいるのではないのです。技術的な不満がないからこそその先が気になるって面もあるので厳しい要求になってしまいましたが、DKTに期待するものはまさにその先の部分なのです。しかし、ピンと来ないの一言で終わらせないでこれだけ言及しないといけないような、そんな気にさせるだけのものはある人ではありました。かなり考えさせられました。


一方ブランゲーネですが、今回はショベルさんが*6地毛のショートカットで登場です*7。この演出はブランゲーネの扱いが面白くて、なにかニコニコしてるブランゲーネで、イゾルデにお遣いを託ると、スキップしながら2階のトリスタン達のところに向かうんですよ。これは・・・・やっぱりここの音楽を読んだのですかね。ショベルさんはヴィデオ映像なんかでドアップで見ちゃうとアングルによっては怖いお顔に見えるのですが、こうやって舞台の距離で見ると*8、黒目がちでパーツが中央に寄っているので、たいへん可愛らしいです。声も軽めで明るくてリリカルなブランゲーネです。イゾルデとは同級生といった年齢設定でしょうか。


さて、ブランゲーネがお遣いに行くと、いよいよトリスタンの出番です。第一声が出るだけで、やっぱり自然に口元が緩んでしまいます。可愛い!アナセンの声は、声だけ取り出してうっとりするような特別な声ではないけど、なにか可愛いんですよね。他のヘルデンにありがちなガチャガチャ成分も入らないし。声自体はそこまで軽くないしドライ味もあるのに歌うとリリカルでボーイッシュになるのが本当に不思議です。発音も格別はっきりしているので、逆に舌足らずなところがよくわかって*9、これまた可愛い。ワグナーのタイトルロールをこんなにボーイッシュに歌う人はいません。いや、成人男性オペラ歌手でオペラの歌唱をボーイッシュに歌おうという発想の人がいるでしょうか。若い男性ではなくて少年寄りのボーイッシュです。

もひとつ感心するのが、ロールによって声音がちゃんと変えてあって、しかも音楽の様式や作曲家によって変えるのはもちろん*10、その中でもキャラクター毎に変えていて、その変えた声音が作り声じゃなくて最初からその声であるかのように、常に感じられることです。で、私はトリスタンはジークムントのような声を出すのではないかと予想していたのですが、聴いたらジークフリートに近かった。いやトリスタンは中間かな。年齢で言うと、ジークムント>>トリスタン>ジークフリートのイメージです*11。つまりジークフリートが一番軽い声を出すんですよね。世間の期待に反して。

あ、ちなみに舞台姿は、この距離で観ると全く気になりません。顔も腹も(笑)。まあ私がお腹出た人に甘いのかもしれませんが、オフステージで太りすぎくらいが舞台ではちょうどよく見えますし、衣装も羽織ものがあるのでお腹が顕になりません(笑)。コペハンDVDでさんざ問題になった顔ですが、もともとあそこでもちょっと引いたアングルなら全然気にならなかったことから予想される通り、舞台なら全然問題ないです。それに顔は50代の頃の方が元々の童顔と表情と表面のシワがうまくマッチしてなくて独特の違和感があって、60代に入った今の方がぬいぐるみ化して可愛くなったような気がします。舞台姿はほぼ写真の通りです。


クルナヴェールのラングレンはこの時点ではあまり印象がありませんでした。というか全幕聴いてもそんなに印象がありません。声は、いかにも「らしい」です。この公演のキャストの中では声量がある方に入るので、気に入った方は気に入ったようですが、私的にはちゃんと役をこなしてるけど特別ではないな、という以上のものはなく(よくバリトンに対してこの評価出るなあ)。これまでに聴いたクルナヴェールの中では最も若々しく、体格は立派で見た目の押し出しは強く、片袖を縛ったシャツを羽織ってます。片袖縛りはあまりリアルではなく例のごとく暗示です。寡黙で誠実で歴戦の兵って印象でした。

今日もいいボリュームになったので、この辺で。このペースで書いたらいつ終わるんだこれ。まだブランゲーネのお遣いの場面だよ。ま、人物が出揃ったので、後はさくさく行くことでしょう。

追記/続きはこちら → トリスタンとイゾルデ@DKT/詳細版 (3)

*1:舞台を降りたトリスタンはサンタみたいだしね。

*2:というかそっち方面はアナセン並に外しつつ決めてくれる人がいないと満足出来ないので、最初から諦めてます。本当にあの人は罪作りな人だ。

*3:私はあまりこれ歓迎しないんですが、一般には重要なことなのでしょう、たぶん。

*4:本人の地毛は白めの普通の金髪だからカツラと思われる。

*5:YouTubeエレクトラのときよりも表現は豊富だったと思います。

*6:相変わらず名前のカナ表記に自信がない。しまった!本人に名前の発音聞いてくれば良かったんだ!

*7:と書いてからゲネプロ写真見たら、ショートカットじゃないですね。あれ、でもショートカットだったような。イゾルデがカールヘアからストレートに変わるとブランゲーネも変わるのかな。

*8:ちなみに最前列で観ています。

*9:デン語の発音のせいか、デン人歌手は他言語を歌うと舌足らずになる率高し。

*10:ただしその音楽の典型的な模範的な方向には行かないのがアナセンのアナセンたる所以。何故そんな茨の道ばかり選ぶ?

*11:これ、テッシトゥーラがこうなってるんですかね。関係あるのかな。