関西フィルのジークフリート

これは満足しました。行って良かったー。前半にピアノ協奏曲のプログラムが付いていましたが、移動時間が間に合わず後半のジークフリート1幕だけ聴きました。全体としては満足なことを前提に、以下個別に。

良かったのはソリスト。実に貴重なことに3人とも良かった。ミーメは実に若々しいミーメ。あんま声色を変えてなくてそのままとも言う。でも悪くない。出だしの嘆き節から一場あたりまでは、声質が素直で(ステロタイプの)ミーメっぽくないってのと、ドイツ語の滑舌が少々気になったけど、進行が進むと全く気にならなくなった。

ジークフリートは今回とっても楽しみにしていたのだけど、一場までは声がかき消されがちでかなりヤキモキしましたが、スロースターターなのか後半に向けていい感じになり、三場からはかなり調子が出てました。何がいいかって、歌にちゃんと熱があるんですよ。変な引き伸ばしもしないし、ピッチも全然気にならなかった*1。実に珍しいことにミーメより軽い声のジークフリートで、かなり新鮮でした。声はなんて表現したらいいか分からないけど、かなり独特のものがあって、一言で言って、オペラっぽくない。これ言ってよいのか分からないけど、アニメの声優みたい。そういう種類の「生身っぽくなさ」がある。実は今まで自覚しつつ隠して来ましたが*2デンマークの歌手もそういう種類の声質が多いなあと思っていて、だから好きだったりします*3。個別に感心する箇所もあって、今回一番感心したのは、ミーメから「おそれ」を聞いて経験してみたいと言い出すところで "Das Grieseln und Grausen, das Glühen und Schauern, Hitzen und Schwindeln, Hämmern und Beben:" の箇所でしたねえ。これは、どうだったか書くのも難しい感じなんですが、聴いたことのない種類の表現でした。ちょっと今頭の中で再現しようと思っても全然出来ない。幸い本日の公演はNHKで放送があるそうなんで、もう一度聴けるわけですから楽しみにしてます。そんなマニアックな箇所ではなく分かりやすいところでは "So starb meine Mutter an mir?" なども良かったと思います*4

大穴というか、特に注目してなかったヴォータンが思いのほかハマってましたねえ。なんだろ、声質も歌唱もヴォータンぽかった。表情と音楽が両立しててたし。さすらい人としてのヴォータンとしては若々しいかと思いますが、期待以上でした。

総括すると、この組合せなら全幕聴いてみたいと思いました。本日のコンサートはなんらかの企画に向けての布石なんじゃないかと勝手に思いつつ、楽しみにしておきます*5


さて、歌手に比べると気になったのはオケ。と言いつつも個別に粗が目立ちつつも大きな流れとしては良いのですが、やっぱり気になる粗と不満点ひとつ。まず金管が鳴らしすぎで外しがち*6。たまに外れちゃったという感じじゃなくて、常にそんな感じだった。パーカッション(の金槌担当)もかなりやる気なさそうというか、打ってるだけな感じ。指揮は、以下で書く大不満があるけど、流れとしては良くて、導入部の和音の入りなど感心するところもあったけれど、それでも無視できない不満とは・・・コンサート形式のオペラのオケパートとしては、鳴らし過ぎだと思った*7。オケパートだけなら演奏そのものは悪くなくて手堅く場面々々を表現してて、そういう意味で粗が目立ちつつも大きな流れとしては悪くないと思ったのですが、つまり序曲とか間奏曲を集めてオケパートだけのコンサートなら意外と満足したのではないかと思ったのですが、ただ今日は、頻繁にソリストの声をかき消すくらい鳴りたいだけ鳴ってたのがちょっと。自分が普段馴染んでる音源は、そこでは歌手に合わせてあって、重なるところは毎度オケの側が合わせに入るので、自分もそういう進行を期待して聴いてしまうので、違和感があった*8。今日のが標準であって、自分が特殊な音源ばかり馴染み過ぎなのかもしれないけど。その自覚はちょっとある *9

ついでだけど、コンサート形式のオペラって、コンサート形式がというよりはオケの直前にソリストを並べる配置の所謂コンサート形式のオペラって、オケピットとステージでやるオペラの舞台と同じように演奏されたら聴き辛いよね。そもそもピットに潜ってる分音が遠くなったり音色が間接的になる効果もないし、単純な音量とは別に、同じ方向から歌唱とオケパートが聴こえてくることで空間的な分解能が下がって聴き辛くなるので、舞台のときよりよっぽど控えてもらわないと聴き辛いのだ。指揮台では、もしかしたら舞台のときより声がよく聴こえているかもしれないけど。そんなことを考えながら聴いていました。素人が口出しすることじゃないけど。

それでもノートゥングの歌はかなり盛り上がって、盛大なブラボーと共に終わりました。みんな面白いと思ったらしく、ホールの通路を出口に向かう人々が口々に「良かったねえ」「オペラって面白いかも*10」などと言ってるのが聴こえてきて嬉しかったです。

[日時]2011年5月31日(火)19:00開演 (18:00開場)
[場所]ザ・シンフォニーホール
[出演]
指揮:飯守 泰次郎
独唱:
 竹田 昌弘(テノールジークフリート
 片桐 直樹(バリトン:さすらい人/ヴォータン)
 二塚 直紀(テノール:ミーメ)
[プログラム]
飯守泰次郎&関西フィル、オペラ演奏会形式上演シリーズ第11回〜
ワーグナー:楽劇「ジークフリート」第1幕
(演奏会形式による原語上演,字幕付き)
 Richard Wagner:Act1 from "Siegfried"

追記

本文中の「かき消され気味」について。東条さんのブログの記載によると、そのようなことはなかったということでした。このレポは2階正面最後列で聴いた者の印象で、ホールの他の座席では違っていたと思われます。ただ、その東条さんのブログでもこういう書き方なのが、やっぱりって気がします。

http://concertdiary.blog118.fc2.com/blog-entry-1111.html
舞台前面に立った彼らの声は、いずれもオーケストラに消されることなく明晰に響いていた。これは飯守のオーケストラの鳴らし方の巧さと、このザ・シンフォニーホールの空間の容量が歌とオケとのバランスに適しているせいもあると思われる。サントリーホールオーチャードホールだったら、オーケストラがこれだけ鳴れば、声は多分消されてしまうのではなかろうか。

結局、一番よいポジション(1階の中央かな?)をとれってことですかね。2階正面は私もミスったと思ってます。オペラでこの場所って、本当に全然、全く、1ミリも、よい思い出がないよ。それでもここだったのはチケット手配が直前になったせいでした。コンサート形式ってどこがいいんでしょうね。前回サントリーで2階サイドをとって死ぬほど後悔したのと、1階後方も遠慮したいので(そして1階中央は既に売り切れであったので)、こうなったんですけどね。次のマンチェスターも1階前方なんで心配だなあと思ってるんだけど*11、どうしよう。

あ、ちなみに私の言う「かき消され」については、別に1割とか2割とかそういうレベルでそうだったとかじゃなくて、オケが咆哮する瞬間*12にかき消されてしまって残念だったという話です。そこまで含めて全瞬間で聞こえることを要求するのは相場外れなんですかね。でもそこって大事なとこだから消してもらっちゃ困るんだけど。いろいろ書きましたが、放送ではおそらくこのような問題のない状態の演奏を楽しめると思いますので、今回聞けなかった細部を含めて期待しときます。

*1:これは気になるのが普通なので、ならないのは特筆すべき事象なのです。

*2:いつ自覚したかというと、この日 → http://d.hatena.ne.jp/starboard/20091230

*3:すっげえ余談。私は胸毛生えてそうな生々しい男の色気みたいなもんが超絶苦手なんですよー。いや胸毛は個人的には好ましいくらいだが(ついでに腹毛も←腹フェチだから)、それが迫ってくる感じが苦手なのである。絶対に迫って来ない人にこっちから懐きたいからね。まあそれはともかく、こんな性質だから人気歌手(特にテノール)は一律苦手だったりする。みんなにとってはそこがいいんだと思うけど。ついでに甘い声も苦手である。あれも迫って来る感じと媚が駄目だ。別に私に迫ってるわけでも媚を売ってるわけでもないことはよく承知してるが、しかし恋愛物のオペラなんて、まるで自分に迫って来るかのような錯覚を利用して成立させるものであるから、キャッチして当然なのである。キャッチした結果ぽーっとなる人もいれば、拒絶反応が出る人もいるのである。

*4:ジークフリートでそこに注目する時点でマニアックだと思いますstarboardさん。

*5:「だったらいいな」のストレートじゃない表現ということで。

*6:外してるから印象が強くなって鳴らし過ぎに思うのかもしれないが。

*7:もっとも、これは私の好みから外れるというだけで、こんなもんという相場に特殊な好みの奴がいちゃもんを付けてるだけなのかもしれない。読者は真に受け過ぎないように。

*8:オケが鳴りたいだけ鳴って、それでもそれを貫く声量があるのが大前提という人もいるかもしれないが、自分としては支持出来ないし、ワーグナーに対する誤解だと思うし、作品に対する誤解も生むし、バークな歌手ばかり蔓延る原因になるので大いに不満である。

*9:そもそも私が聴く音源って時点で既に、あの人を採用するような指揮者ばかりということでバイアスかかりまくりなのかもしれない。でもそういうスタイルのドラマ的な寄り添い感・一体感はものすごくて心臓に来るんで止められないのだ。そもそも重なって盛り上がる箇所はドラマ的にもキーなので、そこでかき消すとか、力技で突き抜けるとかさせちゃ駄目なのだ。

*10:器楽のコンサートには通うがオペラ趣味はない人にこう思ってもらえるのは嬉しいことですね。

*11:変則配置ではあるが、1階の5-6列目相当の距離。ものすごく気が進まない。

*12:と書くと良いことみたいで不本意なのだが、むしろ私はそれはバークだと思っているくらいなのだが、是非はともかく、そういう瞬間ありますよね。