京都市立芸大「愛の妙薬」

最初に結論を書きます。この公演、いいです。しかも無料です。明日2月19日(日)午後2時からもう一度あるので、これを見た京都近辺の方は是非行ってください。


芸大の発表会的なオペラに行ったのは初めてだったのだけど、そしてある程度覚悟して行ったのだけど、普通にお金出して行ったとしても全然OKなレベルだった。全く予想外だった。

場所は京都市立芸大の大講堂。下界は全く降っていなかったのに、敷地に入って車を降りたら横殴りの吹雪。コートのフードに、ファッションではなく実用品としてファーが欲しくなる天気である*1。うーそー。もっとも京都の西部では珍しくない天気である。中心部から僅か30分でこの天気の変わりよう。周囲は山。典型的な、幹線道路に郊外ロードサイド店舗。風景としては貧しい。学生街らしさはない。こんなところに芸大ってどうよ、と思いつつ会場に入る。

この会場が良い。800くらいか、もっと小さい。ソリストの声も合唱も、はっきり飛び込んで来る。こういう会場でフルのオペラを聴けるというのは実に贅沢な話である。古めの建物ならではの風合いも落ち着く。ロビーではエアコンではなくストーブが燃えさかっていて、雪国の様相。観客は在校生とその父兄、一般の方少々。無料で公開されています。


いやあ若いっていいなあ。勢いが良い。まず合唱が良い。合唱って、ホント日本人得意だよね、と思う。塊が飛び込んで来るような勢いのある合唱。もちろん、会場の小ささの影響もあるのだろうけど、体験としては非常に面白い。そういう種類の良さがある。

そしてソリストも良かった。私はこの部分、全然期待していなかったのだけど、予想を裏切って、普通に(学生なのに・・・とかそういう割引抜きで)良かった。アディーナが一幕と二幕でダブルキャストなのだけど、どちらも良かった!一幕の横山さんは、自分に夢中だったネモリーノが注意を向けなくなったので気になって仕方なくなるところの心情が、実にリアルに伝わってきた。これって難しいんじゃないかと思うんだけど。「そう書いてあるからそうなんだろうけど、でもなんかそういうのって嘘くさくね?」って距離感になりがちなシーンだと思うのだ。ここが良いのは快挙。アリアなども実に丁寧にまとめていて好感度高し。声質も綺麗でよく出る。ところどころ空気の震えを感じた。

休憩中にパンフ見て、ああ、アディーナの人変わっちゃうんだ、もっと聴けなくて残念・・・と思っていたら、二幕のアディーナがさらに良くて吃驚。こちらは、メリハリが効いていてドライブ感がある。音を体の中からゆっくり育てて会場一杯に広げて、ぱっと出し切る箇所が見事。そういう箇所が、芸としてではなく、感情の放出として表現出来ている。これ、度肝を抜かれた。いやあ、これって、指導もすごいよね。

さらにネモリーノが良かった。密度が完全に詰まってはいない、私がメレンゲ声と呼んでいる系統で、しかもメレンゲ声は可愛い系が多いのだが、この人は男っぽさを感じさせる声質で、芸風は凝らない素直な感じなのが、おとぼけ・ネモリーノって感じでぴったり。素直なんだけど、コントラストが効いててドライブ感がある。不安定なとこもなくはないけど、大枠として非常に良い素質だと感じた。有名な「人知れぬ涙」なんか、録音等で名人芸的に過剰に何かを込めるものに馴染みまくっていて実演で物足りなく思いがちなのだが、そこをおとぼけキャラっぽくさらっと歌っていて、それで不満が出なかった。

ドゥルカマーラとベルコーレは、上に挙げた面子と比べると小さくまとまり傾向かな。上下しているレンジが狭いというか。ドゥルカマーラの人なんかは、細部は芸達者な感じではありましたが。

あとジャンネッタが良く通るすこーんとした声で、自然な発声で大きな音が出てる感じが良かったです。もっと歌う箇所が多いとどうなんだろうって印象もありましたが。


演奏は、ずっとノれたので、良かったと思います。愛妙はオケだけに耳が行く時間が殆どないし、とにかく楽しいしトータルで勢いがあるので、耳が粗探しモードに入らなかった。今日の会場はオケピがなくて段々に高くなる客席エリアの一番低いところにパイプ椅子を並べただけなんで、こういうときはステージの音とのバランスが悪いと感じがちなんですが、今日はそう感じることは無かったなあ。

セットは板に画を書いた木が2本、後はテーブルや椅子くらいと実に簡易なんですが、ひとつだけドゥカマーラの車が凝ってて、実物大の、本当に人が乗って登場するクラシックカーを、セット的でない自走可能そうな質感で作ってて、これは美術系の学部の協力らしいんですが、これは見ごたえがあった。車の後ろに煙がもくもく出てる怪しげな蒸留釜が積んであるの。これが登場するときは、まずこの車のミニチュアのラジコンカーが登場して、それを村人が追いかけて、その後で本体が出てくるの。おっかしい。

舞台がそんなに広くなくて、合唱の人数が多くよく動くこともあって、セットが簡易な割には視覚的な満足度が高い舞台だと思いました。


なんせ若い人たちの作る勢いと、小さな会場ならではの親密さ、細部まで手に取るように分かる距離感が魅力的なので、もし地理的に可能で、間に合う時間にこれを見られたら、日曜14時からの公演に足を運ぶことをお薦めします。

http://www.kcua.ac.jp/event/第27回大学院オペラ218/
日時 平成24年2月18日(土)午後5時開演
第27回京都市立芸術大学大学院オペラ公演
G.ドニゼッティ作曲 歌劇「愛の妙薬
会場:京都市立芸術大学京都市西京区大枝沓掛町13−6)
入場料:無料
定員:450名(両日とも先着順・全席自由)
問合せ先:京都市立芸術大学 教務学生支援室事業推進担当・リエゾンオフィス
電話:075-334-2204

指揮:奥村哲也
演出:松本重孝
アディーナ:(1幕)横山真理子 (2幕)大塚真弓
モリーノ:山元浩司
ドゥルカマーラ:小原裕之
ベルコーレ:小林一也
ジャンネッタ:白波瀬由利香
管弦楽京都市立芸術大学アカデミーオーケストラ(大学院管弦楽団
合唱:京都市立芸術大学音楽学部合唱団

*1:って通じます?