椿姫@DKT2012

さて、コペン第一夜めの椿姫の感想から。この日は、なによりも、オケが始まった瞬間から、あらゆる瞬間がニュアンスに満ちているのに嬉しくなりましてねえ。そうそう!これを聴きたくてデンマークに来たのよ!と思いましたですよ。

何が違うのかなあ、あらゆる瞬間に、あらゆる小節に、ニュアンスが満ちているとしか言えないですよ。それは、ちょっとした抜きの瞬間だったり、ある瞬間に、ふっとしなるように、ちょっとだけ行き過ぎて戻るような、そういう微妙な揺らぎ。そう、視覚で言うならば「しなるような動き」なんです。「しなる」といえばちょっと話は変わるんですが、デンマークのバレエが、ダイナミックさより優美さや柔和さを大切にしたスタイルと言われてて、だから下半身の動きより上半身の細やかな動きが強調されるのが特徴なんだけど、あれも観てると「しなやか」で「たおやか」なんですよ。それは音楽にも言えるなあと思いました。特に柔和さというのは強く当て嵌まっていると思います。柔和で優美で細やかで、私は大好きですねえ。大体私は細やかなものが好きなんです。


さて幕が開くと、パリの小高い丘の上の邸宅です。室内から背景の壁に設けられたドアと窓を通してエッフェル塔とパリの街の夜景が見えます。ここから合唱がパーティ会場である室内と夜景の見えるバルコニーサイドを移動します。セットが豪華で、この幕が開いた瞬間に「コストカットはどこ行ったんだ?」と思いましたよ。実はこの基本セットは、二幕ではヴィオレッタ達の愛の巣になり、三幕ではヴィオレッタのパリのアパルトマンの一室になるわけですが、一幕が開いた時点ではそんなこと思えないほど「このためのセット」そのものでした。

この窓の外は各幕とも効果的に使われていて、ヴィオレッタとアルフレードのシーンでは、合唱が窓の外でパーティに興じる客達の小芝居をして見せて、それを背景にドラマが展開されるので、パリの社交界で生きるヴィオレッタの人生というのがとてもリアルに感じられます。私はここのコーラス達がする小芝居が大好きで。DKTのコーラスは一人一人が自律的に動けて、芝居も、とてもリアルなんですよ。単に演技がうまいとか演出が細かく指示して出来ることじゃなくて、一人一人がこういうとき人はどう動くかってことを考えてそのシーンを作り上げてて、そこにデン人らしいお茶目なデフォルメが入るのがとてもチャーミングです。映画で街角を写していくシーンみたいな膨大なディティールがあって、それらのひとつひとつがチャーミングなのです。

ちょっと小出しにします。いつもここから頑張りすぎて寝不足になっちゃうから。

続き

今回の演出では設定は現代なのかな。と言っても登場人物がジーンズ履いて出てくるような種類の現代演出ではなく、ドレスやセットなどが時代がかっていないという意味の現代で、金持ちパトロンと愛人、ボンボンという椿姫世界の設定はそのままです。

1幕は音楽の節目々々に合わせて、バルコニーから飛び込んで来るパーティの客達、アルフレートのアリアではのところではまさに迫るって感じでダン!ダン!と迫って(もちろん音楽に合わせて)、からかったのよって感じで笑って引けて行く演出や、円陣を作って主役の歌を待ち構えるシーン、その円陣の中央に踊り出てパーティの花形であることを示すヴィオレッタの姿などが印象に残っています。

2幕は海辺の別荘です。さっきまで丘の上の邸宅だったセットの空きっ放しのドアから砂が部屋になだれ込んでいて、二人の奔放な生活を想像させます。中央にあるベットでじゃれ合う下着姿の二人の姿から、ヴィオレッタがガウン(赤の大きなユリのプリント柄!)を羽織って部屋を出て行くと、やおら起き上がって「僕ぁ幸せだなぁ」と歌い出すアルフレード、まさにそのもので笑ってしまいました。ここってそういう音楽ですよねえ、本当に。

ちなみに(3日間分のレポを書く余裕がないので一挙に書いてしまいますが)初日のアルフレートであるペーター・ロダールは体にフィットした黒いノースリーブシャツにブリーフ・ショーツ姿でしたが、二日目と三日目のニルス・ヨルゲン・リスは普通のダボっとした白いTシャツに紺のショートパンツ姿で、そんなところは歌手の意思?体型?を尊重しているのかとニヤニヤしました(別にリスが太っているわけではないのですが、若さピチピチな年齢ではないだけです)。

その間にもドアの向こうには3ツ揃いの紳士が部屋の中を伺っていて、ヴィオレッタが一人になると訪ねてきます。第一声で「結構な生活をしているようですな」は説得力あり過ぎです。必死にガウンの前をかき寄せて、その辺に散らばっている下着を後ろ手に隠しながら応対するヴィオレッタ。下着を机の下に隠したと思ったら、今度はその机の前の椅子を勧める展開になって慌てて下着をまた別のところへ・・・というコミカルな小芝居が入ったりします。パパがプロヴァンスの海を歌うときには背景の海が迫ってくる感じに変わります。アルフレードヴィオレッタに逃げられたことに気付く場面では、ベッドに潜り込んで不貞寝してパパが呼びかけてもシーツ毎ゴロンとあっち向いたりしてて、こういう子供みたいなキャラクターの作り方はいかにもDKTっぽいです。


この後の2場のパーティのシーンが面白くて、まず同じセットで雨戸を閉め切って隙間から細い光が煙たなびく空間に差し込んで見える退廃的な光景から始まるのですが、これも同じセットとはいえ、すごく感心させられた瞬間でした。そこを酔ってふらふらになった女性(ダンサーだからスタイルめちゃ良い)が後ろ姿を見せながら歩いて行き、すってーんと転んで、そこから2場の音楽が始まり、という繋ぎ方をするのですが、ここもまた、ああそういう音楽だねって感じで非常に自然に感じました。転びついでに元々露出度の高かったドレスが脱げてTバックショーツ一枚の姿になるのですが(サービス?)、そこに客の女性が歩み寄ってケープで体を隠しながら、酔った友達に肩を貸し合って起こす展開がリアルです。こういうディティールのリアルさが好きなんですよ。

ジプシーの占いと闘牛士のシーンは、パーティの客達のふざけ合いとして演出されます。ジプシーの歌ですっかりノって来た客達が悪ノリして、燕尾服の上着を脱いで腰に巻いてスカートにして娘役になり、闘牛士役は上半身すっ裸になって戦うという展開です。5頭の牛を、例の美人ダンサー達がやるのがなかなか様になります。このシーンは3回見ても毎回違うところがおかしくて笑えました。すごく細かくてチャーミングな芝居をやってるから、毎回新しいところに気付いて笑えるんですよ。

ついでに怒ったアルフレードヴィオレッタを侮辱するところも、怒って突き飛ばしついでにドレスを脱がして下着姿になった上にお札をばら撒くという表現になってました。


3幕は同じセットが壁は剥げ落ち、床はタイルが壊れて凸凹、窓の外は隣のアパートが迫っていて、ついでに洗濯物も見えたりして、ここが裕福な層の住む場所ではないってことが分かる仕掛けです。ヴィオレッタは膝丈までの白いシャツにソックス姿で、下半身が冷えて病人には良くなさそうですが、あれがデン人にとっての萌えーな病人像なのだろうか・・・などと余計なことを考えてしまいます。3幕の展開はまあ普通な感じですかね。グランヴィル先生はパーティ帰りに外にお連れの女性を待たせたままちょっと立ち寄っただけで、治療に関してははじめから投げてる感じです。アルフレードに続いてパパが大きな赤い薔薇の花束を持ってやって来るんだけど、ヴィオレッタが死んだと分かると、息子の手を引いてさっさと出て行こうとする辺りが、なんともリアルだなあと思ってしまいました。パパとアルフレードは立ち去りつつあり、グランヴィル先生は立ち尽くしたまま、アンニーナは項垂れた状態で、ヴィオレッタの孤独が強調される幕引きでした。現代演出で奇抜狙いではなくリアルな椿姫をやるとこうなるって感じの演出でした。

ステージ写真がDKTのサイトで観れます。ステージ写真ってセットというよりは衣装がクローズアップされがちだけど、衣装はあんまりかな。めちゃ悪くはないけど、積極的に評価するには足りず。
http://kglteater.dk/Alle_forestillinger/11_12/Opera/La_traviata.aspx


歌手は、これ3日間観たのですが、直後はともかく今は記憶がおぼろなので、大雑把なことしか書けないのでその前提で(だからレポはすぐ書かないと駄目ですねー)。殆どのキャストがダブルキャストになって入り組んでて、その中でもヴィオレッタとアルフレードが2組網羅出来るように日程を組んで他のキャストに関しては諦めていたのですが、もう1回観たくなって結局3回観たので、入れ子になっているキャストを殆ど制覇したという結果になりました。

まず聴いた順に。ヴィオレッタのディゼラ・スティル(と一応カタカナで書いてみるが発音はとても似つかない)。DKTのソプラノとしては若手組で、コペハンリングの小鳥も歌っています。私は何かと縁があるようで、去年のルルでも聴いてるし、この椿姫と、今度のアルバート・ヘリングでも聴く予定です。ものすごく好きというタイプではないのですが、ちょっと透明感があると言ってもいいかもしれない声質に鋭いスピントな高音の持ち主です。ヴィオレッタとしては結構よいんじゃないかと思うのですが、と言いつつ「ものすごく好きというタイプではない」みたいな言い方なのは、歌が一皮剥けていないというか、テクでなんとかなっちゃってるようなところがあるからで(そのように楽譜が出来てる筈なので、それはそれでいいんだとも思うのですが、私がDKTに求めているのはその先であるので)、それを超えた、その人にしか出来ない存在感の領域が欲しいなあと思う次第です。

もう一人のヴィオレッタのアン・マルガレーテ・ダール。DKTのヴェテランです。私はこの人は大好きでして、今回聴けるのをそれは楽しみにしていたのです。去年の蝶々さんがすごく良かったし、録音ではアンチキリストの乙女の一人を歌っているのもいいです。柔らかくて大変美しい響きの声で、表現にたおやかさがあるんですよ。今回聴いて蝶々さんの方が映えたかなとは思いましたが、ま、比較の問題です。舞台姿もしなやかでたおやかで、ピチピチに若いのとはまた別の、柔らかな女性らしい魅力のある人です。ただ、期待が高い人に厳しいのは私の常ですので、こんだけ期待してたので、瞬間々々は満足したのですが、3幕の最後では通常のヴィオレッタ的表現ではなくこの個性を活かした全く別のアプローチであって欲しかった(またそわそわイゾルデ並の世間相場を無視した無茶な要求を言い出す・・・そんだけ期待が高いということで)。

1回目のアルフレードのペーター・ロダール。この人が聴きたいので、長距離フライト到着日の夜にオペラを観るなんてスケジュールを組んだのですが*1度々ネトラジでも聴いているし、タンホイザーのDVDでも一人目立ってたこの人ですが、特にタンホイザーで一人だけ増幅マイク状態だったので実際聴いたらどうなのかと思っていたのですが、声量は普通(一人だけ飛び抜けたりしていない)でした。声は少し甘くて可愛くて、見た目もボンボンくさくてアルフレードにぴったりなのですが、ちょっと私的にはアレだったのが、音程がものすごく正確というわけではないところ。音高上げるときにずり上げ気味に上げる癖がイヤン。まあこんくらいの人は今日スターと言われる人の中にもなんぼでもいる、そのレベルの正確さの話ではありますが。

もう一人のアルフレードのニルス・ヨルゲン・リスは、DVDになっているホルテン演出のマスカレードでリアンダーを歌ってる人ですね。DKTではモーツァルトからフランスものあたりの定番テノールで登場頻度高し。私はあんましこの人好きではないのですが、だって私のリアンダーはあの人だから、この辺のレパートリーにはどうしても厳しくなっちゃうんですよー。歌自体はストレートで直球な感じですが、それは棒読みがちにも聴こえてしまうということで。ただし皆がニュアンス豊かなDKT内の相対的な水準の話です。生で聴いたのは初めてですが、2回聴いても当初の印象のままだったかな。音程は2人とも似たか寄ったか。本人のキャラクターはとっちゃんボウヤっぽくて、これはこれで合ってるとは思いました。

ジェルモン・パパは唯一3日同じ人で聴いたパル・クヌセン。プロヴァンスのアリアなどの聴かせどころでは、なかなか心地良い揺れのある歌を聴かせてくれました。声も見た目も若々しくてダンディなパパでしたね。2幕で窓の外から二人の生活を覗いてるシーンがあるのですが、チラッと見えるこのシーンだけで、なんか有能そうな雰囲気を醸しておりました。この辺も現代的かなあ。昔のオペラの前提だと、自分の目で確かめたりせずにいきなり来て問答だけして納得したりしなかったりするから、それで何が分かるっちゅーねん!と思ってしまいます。

あとドゥフォール男爵と同じ格好(金モールのついた詰襟、その服装の意味するところの欧州社会的な位置付けがあるのだろうと思うが私には分からん)した男爵ではない方の人がはっとする音を聴かせてくれたが、椿姫のこの辺の小役をちゃんと記憶していない私には誰か分かりません。子爵か公爵のどっちか?2幕で目立つのは誰?この書き方で分かる方、教えてください。

他は、みなさん立派に役を務めておられたと思います。安心して聴けましたが、この辺の小役陣でそれを超えて印象に残る人はなかったかな。2日めのアンニーナのリセ・ロッテ・ニールセンはちょっと期待してたんですが、かつて主役級を務めたヴェテラン歌手が今はカメオ出演してるって感じでした。

歌手に関しては高い期待ゆえのことを書きましたが、冒頭に書いた全編を貫くニュアンス、オケとの相乗効果、合唱の素晴らしさ(音楽と演技が一体化しつつ当たり前に自然に動くのが素晴らしい!)など、総合的にはとても満足した公演で、3回ともしっかり楽しませてもらいました。

La Traviata, Det Kongelige Teater, Copenhagen
Director: David Radok
Set designer: Lars-Åke Thessman
Costume designer: Ann-Mari Anttila
Lighting designer: Hans-Åke Sjöqvist
Choreographer: Håkan Mayer

3/21 23 27
Violetta Gisela Stille Gisela Stille Anne Margrethe Dahl
Flora Francine Vis Francine Vis Elisabeth Halling
Alfredo Peter Lodahl Niels Jorgen Riis Niels Jorgen Riis
Annina Cornelia Beskow Cornelia Beskow Lise-Lotte Nielsen
Giorgio Germont Palle Knudsen Palle Knudsen Palle Knudsen
Gastone Hallvar Djupvik Peter Koppel Hallvar Djupvik
Douphol Anders Jakobsson Anders Jakobsson Anders Jakobsson
Marchese d’Obigny Hans Lawaetz Hans Lawaetz Hans Lawaetz
Grenvil Jens Bruno Hansen Jens Bruno Hansen Jens Bruno Hansen

*1:余談ですが、到着日のオペラは私は全然OKでした。当日夕方に到着してヨーロッパ内を乗り継ぎするスケジュールだと到着時点でフラフラなのですが、今回は前日の深夜に日本を発って中東乗継で昼に現地着なので、日本の睡眠スケジュールが乱されなかったのと、その延長で中東〜コペン間もたっぷり眠って、到着後に宿に入って一休みする時間があったためと思われます。中東系の航空会社のこのスケジュールのフライトは、前回のチューリヒ入りのときにも使いましたが、使い勝手がよいと思います。今度は中華系で中国〜ヨーロッパ間を一気に飛ぶので、どうかな。そこでぐっすり眠れたら元気だと思うけど。