魂も消える音

この日は所属先の創立記念行事の音楽会へ行って来ました。ここには基本的にクローズドのイベントは書いてないんですが、演奏がかなり良かったのと、思うところがあったので。

小餅谷哲男さん(テノール)と林田明子さん(ソプラノ)によるピアノ伴奏のコンサートで、前半が歌曲、後半がオペラ・アリアと重唱というプログラム。会場は京都コンサートホールの大ホール。客席は1/3〜1/4埋まってるか、といったところ。例のごとく3階のDエリアに収まって*1空席を眺めながら、見た目にも、大ホールでピアノ伴奏の声楽は寂しいんじゃないの、と思いながら聴き始めたのですが、これがなかなかどうして。前半は歌曲だから抑え目なわけですが、音の余韻が実によく聴けるなあと感じました。こんなに余韻が聴けたことが、かつてあっただろうかと。それでも前半は気のせいか、演奏のせいかと思っておりました。

そして後半、歌手がフルスロットルのオペラになってはじめて、いつもと全く違う感覚を意識しました。なんでしょう、響きが見えるような気がするんですよ。居座った位置は1階客席の5〜6列目の真上といったポジションなのですが、舞台から上った音が自分のいる辺りの天井の空間に響きを作っているのが見えるような、音そのものが、そんな音なんです。これには魂消ました。余談ですが、驚いた意味の「たまげた」って「魂消た」って書くんですね。今タイプしていて初めて知りました。それはともかく、色んなものを視覚化してしまう私ですが、今回はさすがにマズいものを見てしまった気がします。あんまし変なことばかり言ってると、そのうちあいつの言ってることは全部妄想だから、というポジションになってしまうのではないかと心配です。しかし、こんな音は、これまでどこでも聴いたことがありません。

いやー、私は京都コンサートホール大好きですよ。音響的には残念なバランスの座席が多いホールであることは認めねばなりませんが、しかし、全体にデッドな中ではじめて、こういう素晴らしい音が聴けるのですから。思い返せば2年ちょい前くらいのことでしょうか、クラシックを意識してはじめて聴くようになって、はじめて地元で聴こうと思い立って京響を聴いたのは、この場所でした。そのときの、川底で見つける、角が削られてすっかり丸くなった、艶々光る石のように硬くて柔らかい*2響きは忘れられません。何も考えず座ったのに、そのときから縁があったのでしょう。

今日のはピアノ伴奏で(オケ伴に比べて)声に集中して聴けたとか、二人の声量がこの空間に丁度良かったとか、客席が空いていて音を吸収するものが無かったとか、その中でも特に上階席はガラガラだったとか、様々な条件が重なってこうなったのかもしれませんが、とにかく、主観的な体験としては素晴らしいものになりました。これまで小さな会場で聴こう聴こうとしていたのですが、やっぱある程度以上の空間がないとこういう響きにならないのかも、と思わされた貴重な経験でした*3


演奏のことも少し。小餅谷さんは5月にオペラの舞台で聴いたばかりですが、そのときの印象は上手いが正統派過ぎて卒がないというもの。本日はやっぱり何をやっても上手いが真面目だなあという印象は変わらないものの、ニュアンスがよく分かって、ずっと面白く聴けました。声も、メレンゲ声とまでは行かないものの、ややソフトな要素を含みながら男らしさもあるというタイプ。私は分かりやすい甘かったり輝かしかったりする声より、ソフトな方が好きなんです。

林田さんは始めて聴いたんだけどすごく良くて、ベッリーニの「カプレーティ家とモンテッキ家」のジュリエッタのアリアが本当に良くて。曲も素晴らしく美しいし、声域や展開が本人にものすごく合っていました。こういう何もかもがピタッと収まる瞬間は、なんとも言い難い良さがありますね。このオペラはもうすぐ観る機会があるのですが、すごく楽しみになってしまいました。本日のプログラムでは他に超有名オペラからの抜粋3役をやっていましたが、このジュリエッタヴィオレッタがとりわけ合っていたと思いました。

小餅谷哲男(テノール
林田明子(ソプラノ)
ピアノ:船橋美穂

一部 歌曲 略
二部 オペラ・アリアと重唱
ドゼニッティ:「愛の妙薬」より 人知れぬ涙
ベッリーニ:「カプレーティ家とモンテッキ家」よりジュリエッタのアリア おお幾たびか
プッチーニ:「トスカ」より 星も光りぬ
プッチーニ:「ジャンニ・スキッキ」よりラウレッタのアリア いとしいお父様
プッチーニ:「ラ・ボエーム」より 冷たき手を〜私の名はミミ〜愛らしい乙女よ
ヴェルディ:「椿姫」より パリを離れて、いとしい人よ
ヴェルディ:「椿姫」より 乾杯の歌(アンコール)

*1:1階に先導しようとする係の人に逆らって怪訝な顔をされながら3階に向かう私。

*2:石のように柔らかいって妙かもしれませんが、そういう石って、手に馴染むような柔らかさがありません?

*3:ちなみに、この大ホールは1840席です。このうち200席弱はP席なのでステージ前提なら1600席くらい。オペラハウスの場合はステージ分の空間があるので客席数としてはコンサートホールより小さい辺りに良いポイントがあると思いますので、やっぱ千五百弱くらいの欧州の古い歌劇場のサイズがよいバランスなんでしょうね。