新国タンホイザー(初日)

今年は年間タンホイザー鑑賞回数(全幕)が8回に達する見込みのstarboardですが、皆様いかがお過ごしですかー!私の人生史上でひとつの演目をこれだけの回数見るのは、これが最初で最後(にしたいもの)だと思いますが、面白いから遠征に合うタンホイザーのスケジュールありったけ詰め込んで、無理矢理二桁目指してみるとか?などと、ワーグナーイヤーならではの企画を思いついてしまう昨今です。

というわけで年間最多タンホイザー鑑賞イヤーの幕開けを飾るのは、新国立劇場タンホイザーです。日本でこれだけこの人をプッシュしてるのはたぶん私だけであろうアナセン出演公演に行って参りました。

公演全体の出来は、うーん、予想通りか、予想より悪いくらい。もっとも、ここで初日を見るのが始めてだから、噂に聞く新国の初日効果で、この後持ち直すのかもしれません。あと私はきっちり出来てるのはあんま評価しなくて、変なポイントを異様に重視する観客だから、元々こことは相性悪いんだと思う。

アナセンは風邪でゲネプロ直前までのリハを休んだという状況で、咳をしながらの登場となりました。もっとも「風邪引いてるけど歌います」はこの人の十八番なので、もっとシビアな病状でも歌って来てる歴戦の兵*1だから、本人に任すしかない。むしろ登場一声に「直ってないじゃん!!」と思って、風邪が峠を越した後の喉の回復の遅さに、ここ1〜2年東日本で流行している超長びく喉の不調を思って、本日の公演そのものよりも嫌な予感がした私でありました。


以下、順番に行くと。序曲のオケ。なんなのこの金管はー!!パッパーノごめん。先日あんなこと言って。君ンところはたまに外すだけだけど、こっちは常にって違いがあるわ。ホルンとペットなんなのー。ええー?どうなっちゃうの今日。申し遅れましたが、私は3階サイドの舞台寄りエリアで、思いっきり解像度の高いポジションで聴いておりました。会場内の他の場所であれば、ここほどは気にならなかったかもしれません。他セクションは取り立てて悪くないけど、でも、面白くない。オケか指揮者かというと、痛み分けで。

バレエシーン。うーん。なんというか、躍動感とか、エロスとか、性の歓びってもんが、全くないのよね。振り付けの人が指示した通りにしてますって感じで。いきなり日本の弱点が炸裂した展開になりました。保健体育の授業のような(エロい話題を扱いながら全くエロくない)ヴィーヌスベルクであることよ。

舞台セットは、アイディアを具現化するって段階ではよくやってると思う。この公演はそんなに極端な方ではないけど、例のごとくちとSF的な新国カラーがちゃんと入ってて、そういう箱が持つ特有のカラーは私は好きだし評価する*2。けどアイディアの方が、そんなに面白くなかったなーと。こういうのも有という感じ。でも舞台セットと照明は、この公演の要素の中では、最も良い部類だったと思う。


と、ここまで書いて、後はあんまし書きたくないんだけど。

アナセンですね、声は、私のいたところでは、殆ど減衰の影響を感じませんでした。声質ということでは、本調子のときとあんまり変わらないものが聴けたと思います。元々声質で強烈に人を惹き付けるというタイプの声の持ち主ではありません。むしろ、散って軽くならない分、他の会場で聴くよりヘルデン的なカラーを感じられたのではないかと思います*3。録音と会場の音響ではかなり異なって聴こえるのが常な彼の声ですが、今回は録音に近い音で届いているのではないかと思います。

影響があったのは、歌唱の調子そのもの、声の力とか、ppからffまでの持って生き方とか、そっち方面には影響があったと思います。単にff時の音量が小さいというのとは違ってて、どんだけ急峻にそれをやるかと、ppでの響かせ方なども違ったと思います。


これが好き嫌いが分かれる理由なんでしょうけど、彼はこれを使って、それこそ一生懸命に、声を振り絞るように苦しそうに、そういう瞬間を組み入れながら歌うんですよね。そのときに、私なんかは自分も息を止めてしまって、そしてキャラクターに強く感情移入してしまって、応援してしまうような心境になるのですが、胸倉を掴まれたように持って行かれてしまって、そして、ものすごい声の力だと思うのですが、そういう気分のノリ方が出来なくて、ただ客観的に聴いてると、イマイチとか、ちゃんと歌えてないとか、綺麗に歌えていないとか、積極的に悪い評価の対象になるんだと思います。このノリ方ってのは、自転車に乗ったり水泳で息継ぎするようなもんで、出来る人にはまるで当たり前で意識すらしていないけど、出来ない時点の人にはさっぱり分からないもので、自転車や水泳なら本人がやろうと意識してやるものですが、別にある歌手のあるやり方にノらなくてはならないわけではないので、意識されることはなく平行線を辿ることになるのではないかと思います。

だから喉が完璧だったら、もっと苦しく感じたと思います。切ないような苦しさです。それは、たぶん、今のそれが受け入れられない人にとっては、より受け入れられない方向の変化なのではないかと思います。


私は、彼は日本の劇場と相性が悪いのではないかと思っていて、コペンの歌手はみなやるのですが、相手が歌っているときに台詞に反応して細かい芝居をするんですよ。ここでは、彼一人だけがそれをやろうとするので、一方で相手は(演出家が指示した動き以外の部分では)突っ立ったままだったりするので、それが、なんか痛々しく感じたんですよね。コメント欄に喉の不調が痛々しいという感想を頂きましたが、元々彼の歌唱も痛々しい(それは悪い意味ではなくて、キャラクターの傷や苦悩を思いを生々しく描けるということである)し、演技が独り相撲みたいになってしまうのも痛々しかったように思います。

話は戻って、この日は、やっぱり2幕後半から3幕にかけて調子が出てきたというのはあったと思います。それは、タンホイザーが孤立して、上に書いた独り相撲的シチュエーションから抜け出て、長い長い独白状態に入ることによってやりやすくなったのではないかとも思う次第です。

後はあんまし書きたくないんですよね。ヴィーヌスは強い声の持ち主で、日本人ウケするだろうなあと思いました。エリザベトはすごくいい瞬間もあるものの、正確さで疑問を感じることが多かったように思います。ヘルマンも以下同文て感じで。今回の主要ロールの中ではウォルフラムが唯一オンピッチで許せる歌手でしたが、彼の歌い方と立ち居振る舞い両方で、なんとなく変な人風っていうか、一見普通の人みたいなんだけど、なにかがずれてて、何考えてるのか分かんない人って印象で、あんましいい印象はないです。みんなに逆らって一人タンホイザーを庇う役回りなので、そういうズレてる人という解釈もあり得るのかもしれませんが。


いやー。私にとっては、このキャストが、繰り返し見るにあたって一番キツいかもしれません。まあ、みなさんいいって言ってるんだからいいんじゃないかと。

他にも思ったことがありますが、また後のレポで。

*1:一体強いのか弱いのか?

*2:たまに行く立場だからいいのかもしれない。

*3:もっとも、散った後の声を美声だと言って好む人もいるので、どちらが幸せなのかは分かりません。