ドレスデンのボリスレポ・お節介な解釈編(史実に無理矢理結びつけ感120%)

いよいよ解釈編です。レポ本文はこちらです。
前編 http://d.hatena.ne.jp/starboard/20090706
中編 http://d.hatena.ne.jp/starboard/20090710
後編 http://d.hatena.ne.jp/starboard/20090712

ドミトリが民衆にこづきまわされたところ(一幕一場)

史実のドミトリ変死事件の際にウリグイチで民衆が暴走したことを意識してるんではないでしょうか。

戴冠式前のボリスは何者?何故青ジャージ?(一幕一場)

やっぱりこれは、普通のお父さんを狙ってるんでしょうねえ。ボリスはドミトリ変死事件のときに一番疑わしいポジションだったという状況証拠で犯人扱いされていたわけですが、現代風に解釈すると、やはり散歩中のお父さんがそこに居合わせただけで犯人になってしまったということになるのでしょうか。ボリスという人物の間の悪さの表現としては、ま、こんなところかなと思います。

聖愚者のシーン(四幕一場)

ボリスは輿に乗せられて青い顔で登場するんですが、これは史実のエピソードです。大飢饉の最後の頃にはボリスはすっかり病に参ってしまいそれまでの執務が出来なくなってしまうんですが、そこでツァーリ死亡の噂が流れたために輿に乗せられて民衆の前に姿を見せて噂を否定して見せねばならなかったそうです。

30-40年代のアメリカンファッション(三幕・四幕)

ボリス、側近達、民衆ともに現代的*1なのに、ヒョードルと三幕の登場人物は30-40年代*2アメリカンファッションとレポしましたが、これも史実エピソードの読み替えですね。ボリスはヨーロッパ文化を進んで取り入れ、宮殿には輸入品が並んでいたそうです。今回の版ではありませんが、リブレットの別の版には、凝ったからくり時計やオウムが登場します*3

台詞のビジュアル化

今回は台詞をビジュアル化する工夫が各種凝らされていたと思います。ロシア語上演独語字幕という理由が大きいのでしょうけど。そこで改めて思い返すと、このボリス・ゴドゥノフはオペラとしてはストーリーが複雑だったんですねえ。なにしろ舞台で起きていないことを語る場面が多いです。ボリスのドミトリ殺し、ピーメンの語る歴代ツァーリのエピソードと盲目の老人の奇跡、無くなった婚約者のことを嘆くクセーニャ、シュイスキーによるドミトリの死体描写の生々しさ、偽ドミトリ出現によってこの世界がドミトリに傾いていく模様、ボリスの良心の呵責、などなど。

視覚化は全体に分かりやすく出来ていたと思いますが、惜しいところは、偽ドミトリ登場後の民衆の反応の部分(四幕一場)ですかねえ。ここ難しいんでしょうけどねえ。また、1869版だと、ボリスの死以後に偽ドミトリ支持にまわる貴族&民衆(によって描かれるその後のロシア動乱時代の暗喩)のパートはカットされてますから、ここを丁寧に描いてもその後に繋がるわけでもなく、風呂敷広げて畳まず感が出てしまうので、さらっと流すのが正解かもしれません。

他の舞台と比較して

鑑賞前に映画や舞台の映像をいくつか見ましたが、そちらがリブレットに忠実に時代劇してるのに対して、このプロダクションは現代の歴史解釈*4を大きく採り入れたものでした。こんなこともあろうかと歴史予習しといて良かった。

と、さも分かっていたかのように書きましたが、実は、ゼンパーのサイトのビデオインタビュー観たから知ってただけです。

シュレッダーかけるピーメン(二幕一場)

よくある演出ですが、これは歴史が書き直され伝わることを示したものでしょうね。

馬鹿息子?(三幕・四幕)

フョードルが利発な少年から馬鹿息子キャラへ変わってました。ま、現代読み替え物語では、馬鹿息子の方が「らしい」のかもしれません。でも中の人が背高いんで息子に見えないんだよなー。いやフョードル1世*5タイプで、図体はでかくなったけどオツムが付いてこない系なのだろうか。どうでもいいですが、事前に見たスチルでは父親の死に際して隣で頭抱えてしゃがみ込んでるという馬鹿息子丸出し演出だったのが、今回はそれは無しで少しまともになってました。さすがにやり過ぎたと一同反省したのでしょうか。

逝っちゃってる目(四幕二場)

これまた事前スチルとgalahadさんのレポに合ったボリス狂乱の「逝っちゃってる目」ですが、これも出なかったor控えめになってました。これもやり過ぎということになったのかな。一年経つと色々変わるもんですね。

クセニアは黒髪で(三幕一場)

クセニアをやった人が、金髪で究極の地味顔なんですが、やっぱりクセニアは黒髪の美女じゃないと。中の人はアジア系らしい*6から、わざわざ染めてるんだろうけど、逆だろ逆。

聖愚者(四幕一場)

聖愚者を現代読み替えでどう演出するかは腕の見せどころだと思うんですけど、今回はパンク兄ちゃんでしたねえ。なるほど。ベルリンではお坊ちゃまだったようですが、それもなるほどです。パンク兄ちゃんは、もっとサイコでイカれた感じにすると、修行してる感が出て、よりマッチしたんじゃないでしょうか。

黒幕はシュイスキー?

実は、この部分こそがこのプロダクションの一番個性的なところだったんじゃないかと思っていたりします。もともとシュイスキーは黒幕っぽい性格付けがあるんですが、それがよりはっきりするような視覚効果を打ち出していたと思います。

  • ドミトリを民衆の前に引き出して、死のきっかけを作った。
    • これは大胆な創作ですね。
  • ドミトリの小さな頭蓋骨を持ってきて、狂乱の原因を作った。
    • この部分はま、意図的な演出というよりは、シュイスキーが語るドミトリの亡骸の様子があまりにも生々しかったので・・・という筋書きの視覚化の範囲内かもしれません。
  • さらにピーメンを連れてきてドミトリの奇跡を語らせ、ボリスを追い詰めた。
    • ここも、ま、リブレットに忠実な部分です。
  • ボリスが死に際してフョードルに渡すつもりで指輪(皇位の象徴)を渡すと、シュイスキーが受け取って、フョードルに渡さずそのままポケットにしまい込んでしまう。
    • このプロダクションでは皇位の象徴が2つあるんですね。どちらも戴冠式の場面でボリスに渡されるわけですが、ひとつは王冠、もうひとつは指輪*7です。王冠の方はボリスの死の際にフョードルの手の中で壊れてしまうという地味な演出があり、一方の指輪はシュイスキーの手に渡る。王冠はその後偽ドミトリの手に渡る名目の皇位、指輪が実質の皇位を象徴していたと思います。
    • 史実では、ボリスの死後、数週間のヒョードル(2世)時代、11ヶ月の偽ドミトリ時代を経てシュイスキーがツァーリとなるわけですが、この指輪の演出はその暗示だと思われます。要するに、ボリスを追い詰め死に追いやって、偽ドミトリを担ぎ上げた後に陥れて*8自らがツァーリになるという筋書きです。そう思って見ると、あのマフィア風の衣装も納得でしょう?原作や音楽のイメージでは細身で巻いた細ひげ生やしていそうなキャラなんですけど、今回はごついシュイスキーでした。

*1:あの暗さが旧共産圏ぽい。

*2:当初50-60年代と書いてましたが、もうちょっと前のファッションですね。失礼しました。

*3:ついでですが、そっちの版のヒョードルの歌が好きです。ロストロポーヴィチ盤の2曲目です。機会があれば是非。

*4:ここ20年くらいの間に急激に進んだようです。

*5:ボリスの前のツァーリ

*6:名前から判断するに。

*7:戴冠式の場面ではやたらキラキラ光る。

*8:ボリスに直系の息子がいる以上、直接シュイスキーという経路は無いので、一旦偽ドミトリを経由し、皇帝の血が絶えた状況を作り出す必要があるわけです。